「どうしても?」
「どうしても」
言い切った友人(友人である。本人がなんと言おうとも。いずれそうなる定めであるがゆえに)を恨みがまし気に見つめて、カール・クラフトは観念して鋏を握った。
多少伸びた、ようやっと肩甲骨を覆うほどの長さになった金糸。ほのかに輝いているそれを、カール・クラフトは慎重に掬い取った。
「……どうしても?」
「何度聞くつもりだ。仕事に支障があると言っただろう。私はすでに譲歩したぞ」
友人はすごく面倒そうであった。これ以上ごねれば鋏を奪って自ら髪を切りそうな様子だ。
先週のことだ。そろそろ髪を切る必要があるなと呟いた友人に、カール・クラフトはまずもったいないと語った。髪には力が宿る。魔術を行使するものとしては髪は長い方が良いと言ったことを教えた。魔術の祖が直々に語る魔術の基礎であったが、返ってきた反応は冷淡なものであった。「そうか、私は使わない」の一言で終わってしまったのだ。
次にカール・クラフトは情に訴えかけた。あなたには長髪が似合う。ここで切るのはもったいない。せっかく美しい金の髪なのだから、いっそもっと伸ばそう。切々と訴えたというのに、返ってきた反応は冷淡なものであった。髪にふれているカールの指から逃れるように一歩距離を開けて、「そうか。卿の女にでも言ってやれ」の一言で終わってしまったのだ。
最後にカール・クラフトは恥も外聞も投げ捨ててさめざめと泣きながら駄々をこねた。「どうしても切らないといけないなら、せめて私が切りたい」と言って友人を離さなかった。なんだこの男、という目で見られたが、結局は分かったと頷いてくれたので良しということにした。なにがなんでも譲れなかったのだ。
そして現在に至るというわけだが。
手中の金糸を何度も撫でて、カール・クラフトは溜息を落とした。角度のためか、動くたびに光彩の色が変わる金糸に刃を当てる。
なんとも重い心と手とは反比例して、髪はあっさりと切れた。
手中に残った金糸は、さきほどまでの輝きを失っていた。普通の、どこにでもあるような金の髪の残骸だ。
ああ、と嘆きをひとつ落とすと同時に、じわじわと胸を焦がすものもあった。脳髄がしびれるような陶酔感だ。
かけらとはいえ、友人にこの手で死を与えたのだと思えば、胸も高鳴った。
金糸に触れている部分が、火傷したかのように熱を持っている。目の前には無防備にさらされたうなじ。自身の片手には刃物。このまま殺してしまおうか。このまま。このまま。このまま。
ああ、いけないと首を横に振る。そういうつもりで散髪役を買って出たわけでもない。
気を取り直して、カール・クラフトは丁寧に金糸に鋏を入れた。この役目を譲れるわけものない。これから先、髪を切りたいと言い出すのは今回限りではないのだから、きちんと髪を切って信用を築かねばならない。次も任せてもらえるように。
細胞の一片であろうとも、おまえを殺すのは私でなければならないのだから。