「おまえが生まれてきたことが何よりの幸いだ」
にこにこと上機嫌そうな代父が差し出した箱を、少年は凪いだ気持ちで受け取った。少年の代父はこの日は異様に機嫌が良くなるのだ。
受け取った箱は丁寧に包装されている。開けなさいという無言の圧を感じて、少年は包装紙に手をかけた。きらびやかな包装をやぶるのをじっと見つめられて、いささか居心地が悪い。
中から出てきたのは、楽譜だった。音符を目で追って脳の中で奏でる。知らない曲だ。
「ラインハルト、さあ、こちらへ」
代父に手を引かれて向かった先はピアノが置かれている部屋だった。
ピアノのふたが開けられる。椅子に座ることをうながされた。
弾け、ということだ。
少年は鍵盤に指をのせた。その上から代父の手が重ねられる。ふたりの指が絡まった。
少年は自身の背後にたって、覆いかぶさるようにしている代父を見上げて、なんとも言い難い表情をうかべた。
この男、妙な噂をたてられていることに気が付いているのだろうか。
少年の弟には関心をしめさず、少年にだけ熱心にかかわってくる男の態度のせいで、少年の両親から若干疑いの目で見られているのだが。