週初め、まだ残り三日も続く仕事を控え、世のサラリーマン達が明日の糧にと酒をあおる夜。
会話を邪魔しない程度の音量で流れる軽快なジャズに、落ち着いたオレンジの照明。大通りから少し外れた雑居ビルの地下に、そのバーはあった。
入口に一番近いカウンターの端。見ない日がないくらいの確率で金髪の女がそこを陣取る。そしてその横に、時たまふらりと座るのが脹相だった。
「なんだお兄ちゃん、今日はやけに洒落たネクタイじゃないか」
「そうだろう?」
お兄ちゃんと呼ばれた男——脹相は嬉しそうに口元を綻ばせながらグラスに入った黄金色のビールに口付ける。実際に女の兄と言う訳ではない。昔からの名残で、女——九十九由基は、脹相の事を『お兄ちゃん』と呼ぶのだ。
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