Reserved 48.2凝視、という表現がぴったりなほど熱心に、その視線は真っ直ぐこちらに注がれていた。
紙面を踊る文字に、それを紡ぐ指先に。
勉強を始めてからしばらく、その視線に気づいた朔夜は内心居心地の悪さを覚えながら、正面に座る視線の主-朝日奈を眼鏡越しにチラリと見遣る。
ただひたすらに朔夜の手元を見続けている朝日奈の周りだけ、完全に時が止まってしまっている。
彼女の目の前に広げられたノートに書かれているのは、今日の日付、ただそれだけである。
朔夜は大げさに溜め息を吐き、「朝日奈」と呆れたように名前を呼んだ。
ハッと我に返った朝日奈は、けれど、すぐにへらっと緊張感の欠片も無い笑みを浮かべ「なに?」と問い返してきた。
「なに?じゃない…勉強、全然進んでるように見えないが。君が泣きついてきたから、ここにいるのに…他に気を取られて集中できないなら、今日はもう終わりにしよう」
「ま、待って…」
小さく息を吐きながらノートを閉じたその手にバッと彼女の手が突然重なり、思わずギョッと彼女を見る。
立ち上がり、テーブルに身を乗り出す形の朝日奈の顔は存外近くにあり、これまた目を瞠ってしまう。
「っ…、」
「えと…その……てて」
こちらの動揺など気づいた様子もなく、彼女にしては珍しく歯切れ悪く口を開く。
朝日奈の手は未だに朔夜の手の動きを制止している。
「朝日奈…?」
「朔夜の手…やっぱりすごく綺麗だなって…見惚れてて」
伏し目がちに、わずかに頬を紅潮させながら、ごにょごにょと呟く彼女に、朔夜は唖然と目を瞬かせる。
そこは照れるところなのか…
彼女の恥ずかしさの基準に釈然としないながらも、ふと彼女の手の下、自分の手に視線を落とす。
何の変哲もない、見慣れた手。
そういえば、前にも手を褒められた気がする。
「綺麗って…男の手に使う言葉じゃないだろ…それに、どこからどう見ても至って普通の手だ」
弓原のように爪の先まで綺麗に飾っているわけでもない、演奏に支障が出ない程度に整えているだけのこの手の、どこが綺麗なのだろうか。
本気で疑問に思いながら彼女の下に置いていた手を引き抜こうとした瞬間、ガシッと彼女の手に掴まれ、行く手を阻まれてしまう。
「な、」
「綺麗だよとっても綺麗」
「…っ、」
ぎゅっと握られた彼女の手は思いのほか力強く、彼女の意志の強さを否が応でも知らしめられる。
とはいえ、高校生男女の力の差など言わずもがな、けれど何故か…離せない、振りほどけない。
「朔夜の手、すごく綺麗だよ…指先までスラッと伸びてて、でも、少し骨張ってて…ちゃんと男の子の手してる。それに…私よりずっと大きいね」
彼女の手が優しく広げられ、鏡越しのように手のひら同士を重ね合わせれば、彼女の手はすっぽり隠れて見えなくなってしまった。
存外彼女の手は小さいという事実に、衝撃を受ける。
思っていたよりもずっと細く、華奢で、少しの力で手折れてしまいそうで。
世界に連れて行くのだと朔夜を引っ張る、その手は
人を惹きつける華やかな音を紡ぐ、その指先は
綺麗、だと言うのなら、それは君の
「………ハチゴーだよ」
「………は?」
唐突に呟かれた単語が理解できず、朔夜は素直に疑問符を浮かべる。
「サイズ。標準だから、たぶん困ることはないと思う!」
「困る…?」
「朔夜のために空けておくから…もちろん朔夜も空けといてね」
彼女は合わせ鏡のように重ねていた朔夜の手のひらを、今度は自身の手の上に乗せると、自然な動きで自身のほうに引き寄せる。
呆然と成り行きを見守る朔夜に見せつけるように、ゆっくりと。
指先に軽く触れた、柔らかく濡れた感触。
「…予約済ってことで」
ニッと口角を上げ、笑みを浮かべる彼女に、朔夜はぶわっと体温が上昇するのと同時に目眩がした。
やはり、彼女の恥ずかしさの基準は一生分かりそうにない。