寂しい レックが、ちら、と窓の外に目を向けた。
窓枠に切り取られた空は、夕焼け空の赤色に上から深い群青色をまぶしたような色をしている。
「レック、メシ食いに行くか? そろそろ」
そう言えば、レックはオレの胸元に顔を埋めたままかぶりを振る。レックの、いつもより少し汗で湿っているものの、相変わらず勢いのいい髪の先が肌に擦れてくすぐったかった。
「やだ、もうちょっと」
「……でも、時間、まずいんじゃねえのか」
オレがそう言うと、そうだよ、とレックは決まってぶすくれたような声を出す。こうなるとレックは案外強情だ。オレがため息をついて裸のレックを抱きしめると、レックは何も言わず、オレの体に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。
大魔王デスタムーアを倒し、それぞれ故郷に帰ってから、オレは大工として、レックは王子として、忙しく日々を過ごしている。旅をしていた頃から恋人だったレックとはたまに、主にレックの予定が空く日にデートをしているが、あの頃と違って王族として生活しているレックは、門限の時間があるらしい。
門限といっても、心配だから何時までに帰りなさいと言われているとかそういうことではなく、定刻になると安全上、城の跳ね橋が上がってしまい、外から城に入る手段がなくなるという、物理的な門限だ。勿論門番はいるから、いざとなれば跳ね橋を下げてもらえば城には入れる。しかし、夜中に、一度上げた跳ね橋を頼んでわざわざ元に戻してもらうとかなり目立つ。そこまでして帰ると城の人間が何事かと集まってくるわ、さらに心配して行き先やらなんやらをあれこれ聞いてくるわでいたたまれない、という話だった。結構前に、盛り上がった末に帰るのが遅くなってしまって、一度それをやってしまい、もう懲りた、とレックがその次に会った時にうんざりした顔でそう言っていたのをオレははっきりと覚えている。
大体デートの時は、何か祭りやイベント事に出かけるとかそういうことじゃなければ、普通は、昼前くらいに会って、昼メシを食い、宿屋にしけこみ、晩メシを食って、解散する。デートの終わりには、その定刻ぎりぎりにレイドックまでルーラで帰って、走って城に飛び込むレックの後ろ姿をオレが見送るのがお決まりになっている。
それに、遅くなったらいけないから、そろそろ晩メシを食いに行くかと言ったら、宿屋のベッドの上で、レックが嫌だと駄々をこねるのも。
もう一度窓の外を見れば、赤より群青の色の割合が増えてきている。そろそろ本当に行かないとまずそうだ。
「ほら、レック。服着ようぜ、メシ食いに行かねえと」
オレがそう言ってレックの背中をぽんぽんと叩いてレックの体を離そうとすると、レックはそれに逆らうように、抱きついてくる力を強めた。おまけに首筋にちゅ、と口付けて、下半身もわざとこちらに擦り付けてくるような仕草をしてきて。
「ちょ、煽んなって、レック! 城に帰れなくなるだろ、前にもう懲りたって言ってたじゃねえか」
さっきまで散々盛り上がってたせいで、ついまた勃ちそうになるのを必死で堪えてそう言うと、レックは少し泣きそうな声でぽつりと呟いた。
「……いっつも、オレばっかり」
それを聞いて、オレはレックをなんとか引き剥がそうとした手を止める。
「帰らなきゃいけないことくらい言われなくたってわかってる、ハッサンが心配してそう言ってくるのも、……でも、ちょっとくらい、引き止めてくれたっていいじゃん、行くなってさ。それなのにいつもいつも遅くなるから帰ろうって、……せっかく久しぶりに会ったのに」
「…っ、レック」
「オレは、……オレ、……………ごめん」
そう謝ると寂しそうな顔で俯いて、ごめん、困らせて、と言うレックの体をオレは思い切り抱きしめた。
レックにこんな顔させるなんて。こんなこと言わせちまうなんて。……情けねえ、恋人失格だ。
それに、オレばっかり、なんて。
レック、お前、……オレがいつも、別れ際に、城へ帰るために走るお前の背中をどんな気持ちで見てると思ってんだよ。
こちらを振り返らず、オレから離れて走って行くお前の後ろ姿を見てると、いつか、本当に、オレのことなんか忘れて、全然、オレの手の届かない世界に行っちまうんじゃないかって、ひょっとしたらそうなった方が、オレといるより、レックのためにはいいんじゃないかとすら思えてきて、でも。
でも、それよりも強く、できることならその手を掴んで引き止めたいって、行くなよ、せめてもう一日くらい一緒にいられねえのかよ、って。……いや、本当は、昔みたいに、ずっとオレの隣にいてくれたら、どんなに楽しくて、幸せだろうって、いつもいつも、思って、でも言えないまま、サンマリーノに帰って、ひとりで冷たいベッドに潜り込んで。
別々に生きる道を選んだことを、後悔してるわけじゃない。でも、どうしようもなく、寂しいと思っているのは、オレも。
「レック」
「……ごめんなハッサン、やっぱり、服着てメシ食いに行こ、本当にそろそろ出ないと間に合わない」
「いや、……メシはやめだ」
「え」
レックの驚いたような声を聞くか聞かないかくらいで、オレはレックを改めてベッドに組み敷く。ぽかんとした表情でオレを見上げるレックにオレはにっと笑った。
「レックにオレの愛がいまいち伝わってないみてえだからさ、メシ食うくらいの短けえ時間しかねえけど、足腰立たなくなるまで抱いてやろうかと思って」
レックはそのオレの言葉を聞いて、一気に顔を赤くし、口をぱくぱくと開けたり閉めたりしていたが、やがて、嬉しそうに笑って。
「……足腰立たなくなったら、オレ、帰る時ダッシュできなくなるじゃん」
「心配すんなよ、そうなったら姫抱きで跳ね橋のとこまで送り届けてやっからよ」
オレが笑ってそう言うと、レックはいよいよ耐えられないといった風に吹き出した。
「ええ!? ほんとかよ、そんなことされたら明日からレイドックの国中、オレとハッサンの噂で持ちきりになるぜ」
参ったな、と言うレックの顔はその言葉とは裏腹にひどく楽しそうで、……ああ、オレはお前の、そういう顔を見たかったんだ。そう思いながらオレはレックにキスをして、その体に手を伸ばした。