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    はるのぶ

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    はるのぶ

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    ネロ晶♂ ファウスト視点です

    麦畑に君が見えた「賢者さんのことが好きなんだ」
     そう言われたと賢者から相談されたのは、つい今日の朝のことだ。まだ誰も起きていない時間を見計らって裏庭にいる猫へ食事をさせようと部屋を出たところで、賢者のいる執務室の電気が付いているのが見えた。彼が一晩中そこにいることは珍しいことではなかったし、それに彼のことだからもしかして電気をつけたままソファに横になっているのかもしれない。そうだったら毛布の一つでもかけてあげないと、と思ったのだ。僕たち魔法使いと違って人間は脆い。簡単に病気になるし単純な理由で死んだりする。もし魔法舎で賢者が死んだとして、それはこの世界だけでなく賢者が元いた世界にも大きな影響がある。そう言うわけで、僕は執務室を訪ねた。
     僕が扉を叩くとそれに気づいて声をかける。初めて見たと言うふうに少し驚きながら僕を見た。そして、外が朝になっていたことも初めて見たと言うふうにしていた。
    「賢者」
    「ファウスト、どうぞ」
     結果、彼は起きていて、机いっぱいに書類を広げて、かたっぱしからその資料に目を通していた。僕が中に入るのを見て、手を止め瞳をこちらに向ける。
    「気づきませんでした。心配してくれたてありがとう」
    「いや、君が急に倒れたりしたら困るから」
    「そう…ですね」
     妙に歯切れの悪い、会話を楽しんでいるように見えない。というか、どこか上の空だった。「何か、あったか?」
    「いえ、はい…。俺ってわかりやすいですか?」
    「今は…とてもわかりやすいように見える。けれど、何があったかはわからない」
    「そうですね、俺も何があったのかわからないみたいで」
     はは、と乾いた笑いをする賢者が少しだけ傷ついているように見えた。そしてそれは多分、自分のために傷ついているのではなく、誰かのことで自分が傷つけてしまうことを恐れているように。いつでも彼はそうだった。
    「ネロ…か?」
     自信もなく、確信もない。けれど彼が悩むといえばたいていそうだった。
    「そうですね、ネロに」
     好きだと言われました。僕と目を合わせて話していた顔はそれを言ったきりまた書類の方へ下を向いてしまった。
    「え」
    「『賢者さんのことが好きなんだ』と言われたんです。多分本当のことで。ネロはそう言う冗談はあまり好きじゃないし、俺もそう言う話題で冗談を言われるのは苦手なので」
    「そう…」
     どうしたらいいだろう。「すみません、ファウスト」
    「こんな話…だれにもするつもりなかったんです」
    「いや、僕から聞いたんだから君は気にしなくていい。話の続きをしてくれるなら、そうしてくれ」
    「いえ。これで終わりです。そう言われました、というだけです」
     それ以上聞くことはできなかった。用事があるから、と言い残して扉を閉める。まさか夢なんじゃないか、と思いながらその場所を後にした。

     ネロと賢者が、時が経つにつれて親密な関係になっていることは、誰の目にも明らかだった。だから、賢者がネロにそう言われたと言っても、それは至極当然のことのように思えた。ただ、それが魔法使いと人間、こと賢者という立場においてはかなり難しいものであることも理解できた。
     賢者は、いわゆるみんなのものだ。その中に無論ネロも入っているけれど、それよりももっと大きな意味がある。世界、と言う意味だ。だから、ネロがその気持ちを伝えたことで賢者を独り占めすることはできないし、賢者も世界を簡単に捨てることはできない。そう言うふうにできているから。賢者はこの世界をたくさん見て、聞いて、大事なものは増え過ぎた。そして、その世界の中には当然ネロも含まれているのだ。厄介なことである。
     だから、ネロからそう言われたとしても2人の関係が何か変わることはなかった。普通にご飯を食べて、国ごとに授業や模擬演習をして、中庭で遊んだり、自分の仕事をして、眠る。その生活の中で、時々一緒にいる2人を見たが、それは何も変わらない日常に溶け込んでいた。
    「賢者に聞いたんだけど」
    「ん?」
     遅くまで明日の朝食の支度をしている彼を見つけると、そっとその近くまで行き話しかけた。手元にある食材の切り方を間違わないようにこちらを見ることはしない。
    「彼に自分の気持ちを話したそうじゃないか」
    「あぁ、うん」
    「どうして?」
     ネロもわかっている。何もかも。無粋だけど、本人に聞いた方が確実だと思った。
    「言葉通りだよ、賢者さんが好きなんだ。それだけ」
    「…君はわかっていると思っていた。君と世界を天秤にかけたら彼は」
    「わかっているよ。そう言うんじゃない」
     そんな崇高な理由じゃない、とネロは少しだけ笑った。それは自傷行為にも似て、誰かにそうやって責めて欲しかったのかもしれないと思った。
    「言いたくなったんだ、賢者さんに聞いて欲しかったんだ。そして笑って欲しかった。ばかなことを言うなって」
    「そんなことはしない、彼は」
    「そうだな、そうだったよ」
     手が止まる。ゆっくり瞳を閉じて上を向く。多分その時のことを思い出してる。「綺麗だ、と思ったんだ」
    「うん」
    「一緒に、麦畑に行った。きらきらと瞬くその黄金色の真ん中に賢者さんの髪が揺れて。あぁ、ここで終わっちまえばいいのになって思ったんだ」
     ゆっくりと目を開く。そうして、また手を動かす。トントン、と心地いい音が聞こえる。
    「賢者がこの世界を去ったら、君は彼の顔も名前も何もかも忘れてしまうんだよ」
     それは警告だった。だってあまりにも悲しい結末を想像してしまうから。どこかでそれを回避する方法を模索して、だけど見つからない。
    「そうだな」
    「いいの」
    「いいんだ、全部忘れてしまっても。彼がこの世界のことを忘れても」
     大きな波が押し寄せてくる感覚がした。叫び出したくて、けれどこれは僕がしていいことじゃない。彼らが我慢してることを僕が代弁していいことじゃない。
    「そう」
     そこから、離れた。廊下に抜けると偶然そこを通りかかった賢者に会った。
    「こんばんは。あれ?まだネロいるみたいですね。話していたんですか?」
    「…あぁ」
     ネロ、と名前を呼ぶ。その背中は振り向こうともしない。そのまま中に吸い込まれていく。
     僕は部屋に着く前に泣き出してしまいそうだった。そんなのないと思ったんだ。
     誰かの輪郭をなぞるときに、それが悲しみでもいいなんて、そんなのって、ない。
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