大義名分 グッズ売り場の一角、キーホルダーが並ぶ棚を前にして、庵は小さくうなり続けていた。
「記念……!」
打撃成績で記録を打ち立てた選手の写真をあしらった、限定デザインのキーホルダーだ。
「そんなに迷うくらいなら二個買っちゃえば」
保存用と使う用でさと、横でそれを見ている五条が言った。二人はもう三十分はここにいる。その間にも、五条たちに断りを入れて手を伸ばし件のキーホルダーをレジへ持っていった客は、両手指どころでない数だった。
彼らにはほとんど迷うそぶりがなかった。ファングッズの購入に必要なのはああいう勢いなのではないのかと、五条は思う。
「キーホルダーっていう日常グッズだからこそ、普段使いしたい気がする。でも今使ってるキーホルダーも、つけかえたばっかりだから」
それはさっきも聞いた。なんなら、ここに立ってからこちら何度も聞いた。
これは保存用とはまた別の問題、と庵はずっと頭を抱えている。五条からすれば、欲しけりゃ欲しいだけ買っておけばいいのに何をモタモタしているのかという話だ。実際、十分ほど前にそう告げた。庵には、限定品とお金は湯水じゃねえのよ湯水にも限りがあるけど、と言われたが。
「大義名分が欲しいなら鍵あげるから、それにつけたらいいじゃん」
ここに立って三十分ということは、試合が終わって三十分ということだ。賑わっていた観客も随分と減ってきた。自分たちもそろそろ帰路についてしかるべきではないのかと、五条は状況の進展を目指して一つの提案をした。
「あげるって、何の鍵を」
「僕んち」
「いらねえわっ!」
切れ長の目をかっぴらいて、三十分ぶりに庵が視線を五条へ投げてきた。両手に一つずつ、記念キーホルダーを手にしている。五条は片手でその二つともをつまみ上げて、逆の手では庵の首根っこをむんずとつかんで移動した。目指すはレジだ。
放せ、買うなら自分で買う、と身をよじる庵を片手でいなしつつ、五条はカード一枚で会計をこなした。店員から渡された球団ロゴ入りのショッパーは、そのまま庵にパス。庵の首元から肩へと手を移動させて、ついに念願の退店を果たす。
「さすがに本邸じゃないよ、一人暮らししてる方。それでもメーカー対応にはなっちゃうから、一週間くらい時間ちょうだい」
今度は僕がそっち行って届けてあげる、と付け足せば、腕の中に収まる庵の口元がこれ以上ないほどに歪んだ。
「どっちにしろ丁重にお断り申し上げるってんだよお調子者」
そんな気軽な提案ではないんだけどなあ、と思うが、言わない。それこそ大義名分が球団のグッズに託けてだなんて、情けないではないか。
「いつでもおいでよね」
「行かないから鍵も持ってくんなよ絶対」
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