観賞 スタジアムをいっぱいに埋めているのだろうサポーターたちの盛り上がる声が、マナーモードが解除されたスマートフォンのスピーカーから五条の耳に届く。
今「ヨッシャ!」って言ってたの、歌姫の声だったな。
「見て硝子。これがねえ、PKで追加点決めてくれた時の動画」
五条の向かいで「席が良かったのよ」とへらへら笑いながら、庵がビールジョッキをあおった。喉を鳴らして豪快に飲み下す。ビールは三分の一ほど残っていたものの、だんと音を立てて卓に戻されたそれに酒は見当たらない。
庵は最近スマートフォンを変えたのだという。先日推しチームのホームゲームを観戦した際に、カメラでの撮影・録画機能が売りだという新機種の恩恵をたっぷり味わったらしい。
飲み始めは「最近のスマホってすごいのね。素人でもなんとかしてくれるんだもの」といったコメント程度にとどまっていた。しかし酔いが進んで気が大きくなってきたころに「百聞は一見にしかず!」と、例のスマートフォンをカバンから取り出した。そしてぐりぐり操作しだしたかと思えば、あれよあれよという間に居酒屋の片隅でサッカー動画の観賞会が始まっていた。
庵は隣り合う位置にいる家入に寄り添うように座り込んで、手のひら大の画面をのぞき込むよう促している。家入も酔っ払いに愛想をつかすことなく「よく撮れてますねえ」とにこやかに応じていた。向かいに座る五条だけが、観賞会からハブられている。
「これは……えっとね、シュート入ったけど、キワッキワでパス受けてたのがオフサイドーって、なったときのやつ」むむと眉をひそめた庵は、ビールジョッキの横にある枝豆に手を伸ばす。「これゴールだったら突き放してたのにー」
五条の目の前の小皿に、鮮やかな緑色がぺちんぺちんと飛び込んできた。庵が枝豆をつまむ指先に入れる力の加減を間違えたらしい。言ってやらないがこれこそナイスシュートだ。
庵はというと「あれ、ガラだったかな」と首を傾げ、また枝豆の小鉢へ手を伸ばした。次の枝豆はちゃんと取り出すことに成功しているのを見て、五条も自分の小皿へ供給された豆を口に運ぶ。
「いろいろ撮ったんですね」家入が焼酎のロックグラスをからりと回した。
「カメラがいいって話なんだもの。せっかくだしね〜」たくさん撮ったの、と庵がまた笑みを深めた。
二人はアルバムアプリを眺めているのだろう。すいすいと庵の指が画面の上を滑る。
それだけスクロールしてもまだ試合終わんねえの?とか、僕だけハブにするとか酷くない?とか、カメラがよくてもカメラマンの腕がお察しだろとか、五条には言ってやりたいことが多々あった。立ち上がって卓を回り込み、二人の後ろから身を割り込ませてやろうかとも思った。しかし結局五条は、一対二+スマートフォンで卓を囲む不均衡な構図を是正しないままでいる。
「ん、このときのセーブ!」
庵のスマートフォンからまた観衆の声が聞こえてきた。庵は家入の肩をがしっとつかんで、もうすでにスマートフォンを見ている家入に「これすごいの、見て〜!」とすがりついている。五条がやっぱ向こう行けばよかったかなと思っていると、庵がしみじみと語りだした。
「とってもいい角度でシュート決まったって思ったのよ、もういただきって思ったのよ。でも向こうのキーパーがさあ、ものすごい反応で飛びついてさー……敵ながらアッパレって感じで……いやスーパープレイに敵も味方もないわよ、もう……スポーツさいこう……」
普段は優しく細められていることの多い(ただし五条に向くときには釣り上がった結果として細められている)飴色が、五条の真向かいでとろりと溶けるのが、よく見える。これだからこの席離れられねえんだけどどうしてくれると、五条は浮かした腰を再び下ろした。
観賞会には入り込めそうもない。
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