応対 ぴんぽん、とインターフォンの大袈裟なチャイムが、庵の部屋に響いた。音量を下げられないものかと庵はいつも思うが、音量調節のボタンなどは見当たらないので、毎度その音量に驚く羽目になる。
何か届く予定があっただろうかと直近のショッピング履歴を頭の中で遡っても、手元のスマートフォンで通販の注文メールを確認しても、今日荷物が届くような予定はない。これは何かのセールスだなとあたりをつける。居留守を使うにしても確信を得てからにしようと、庵はインターフォンのカメラ画面を起動した。
果たして画面に映り込んでいたのは、目元を布で覆った、黒ずくめの服装に白髪をいただく大男だった。
庵の知る限りで、五条がこちらに来る予定などあっただろうか、いやない。庵の記憶に、五条に自宅の住所を伝えたことなどあっただろうか、いやそれもない。大方、伊地知あたりに無理を言って、正規に見える非正規なやり方で情報を抜いてきたのだろう。
居留守決定だ。
庵はエントランスの様子を映している画面をオフにした。暗転したディスプレイに疲れた顔が映り込んで、思わず苦笑いしてしまう。さあ気を取り直そう、のびのびとした休日の午後の再開だ。
心機一転インターフォンから離れようとした瞬間に、またチャイムが鳴り、黒く沈んでいたはずのディスプレイが再びエントランスの様子を伝えてくる。相変わらず、いる。
さらに追い討ちをかけるように、手にしていたスマートフォンがメッセージを受信した。送信者は五条だ。一言目から『いるんでしょ?』ときた。続いて『居留守使うのは別にいいけど』、『そしたら僕は外から、歌姫ちゃん あーそーぼ!って大声で呼ぶね』と奇行予告を放り込まれる。居留守程度で近所迷惑甚だしい。堪ったものではないと焦る勢いそのまま、インターフォンの受話器を取った。
『悟くんが歌姫ちゃんちに遊びに来たよ〜』
「アンタ、なんでウチ知ってるのよ」
『企業秘密』
「小学生か己は!」
通話は繋げたものの、庵にはこのままエントランスを開錠して五条を素直に部屋に上げてやろうなどという気はさらさらない。できることならインターフォン越しのやりとりで退散願いたいところであるが、それが到底叶わないのも分かっている。五条が口八丁程度でやり込めることのできる相手であれば、庵は今ごろこんなに振り回されてはいない。
採るべきは次点の策だ。すなわち「私がそっちに降りてくから、そのまま待ってなさい」。
『ここ開けてくれればよくない?』
「いやよ。開けたら部屋に来るでしょう」
『行くでしょそりゃ。さっきも言ったけど、歌姫んちに遊びに来てるんだから』
「その前提がそもそもおかしいってことに気づきやがれ」
カメラ映像に映る五条が軽く握った拳でエントランスのガラス扉をコンコンとノックしているのが見える。ノックならいいが、五条が振りかぶって扉を殴りつけた日にはたぶん、あのガラスが割れる。
「その手、不穏だからやめて」
『開けてくれたらやめる』
「開けない。私が降りてく」
『強情だな』
どの口が言うかと悪態をつきながら、思わず受話器を本体にたたきつける。通話が切れる狭間に聞こえたのは、『三十秒ねー』という悪魔の通告。
鍵を引っつかんで、庵は着の身着のまま駆け出した。
(2111010536)