贈り物 五条から「はい」と目の前に差し出されて、一番に庵の目に飛び込んできたのは爽やかなスカイブルーのリボンだった。手触りのよさそうなオフホワイトの紙に覆われた包みを、くるりと飾っている。彼の手のひらに収まる包みの中身は多分、小ぶりな箱だ。
「オシゴト頑張った歌姫へのプレゼント」
褒美だと言うのなら、庵としては今すぐ五条に踵を返して東京へ帰ってほしいところだ。
五条の目元は今のように布で覆われているか、遮光度の高いサングラスで隠されていることがほとんどだ。目は口ほどに物を言うものだが、彼の場合はあらわになっている口元が大袈裟に動いて殊更に感情を表現しているように庵は考えている。その感情が本音であるかどうかは別として。
今だって、こちらを労るよりも己の愉悦を抑えきれませんでしたと言わんばかりに吊り上がる口角を見れば、布の下でこちらからは見えもしない青い瞳がにっこりと細まっている様をも、それはそれはくっきりと想像することができる。そんな表情の五条が庵に差し出す包みが、素直に、単なる「庵へのプレゼント」であるわけがない。
「中身は何?」包みに手は伸ばさず視線だけを送って、庵は尋ねた。
「歌姫ってネタバレOK派なんだっけ? 贈る側としては、キラキラお目々でラッピングほどいてキャーこれ欲しかったのありがとう〜からのハグ!くらい、してほしいんだけど」
庵としてはネタバラししてほしいというより、五条からの逆鱗ピンポイント攻撃に対して心の準備をさせてほしい、という感覚だった。
「アンタはそれ、私でシミュレーションできるの」
「やってやれないことはないさ」贈り物するのに反応を想像するのは基本だし、と五条がうそぶく。「実際、ニコニコ顔で『ありがとう、早速使いたいわ』って言ってくれたよ。僕の脳内歌姫は」
「今すぐ抹消しなさいよ、その謎の存在」庵の言葉は若干食い気味になった。
「ひどいな。普通に受け取ってくれれば済む話なのに」ぼやく五条が、手に持っている包みをグリグリと庵の胸元に押し付けてくる。
受け取れば、この男の煩わしさからひとときでも解放されるのだろうか。わずかな望みに賭けて、庵は胸元の包みに手を添えた。それを確認した五条が包みから手を離す。
五条の手の中にあっても小さな包みだったが、庵でも片手にのせられる程度の大きさだ。少し振ってみても、緩衝材でも入っているのかカサカサと小さな音が聞こえるだけだった。
「本当に何なの、これ」言いながら、庵は青いリボンをほどいた。
予想通り手触りがいい包装紙は、糊付けされていなかった。破る必要もなく小さな紙箱がお目見えした。贈り主が五条だという懸念があるにもかかわらず、少し心拍数が上がってしまう。ラッピングされた包みを解くというのは、どうしたってテンションが上がる行為なのかもしれないと、庵は誰にともなく内心言い訳をする。
庵が小箱の被せの蓋をそっと外した。箱の中でリボンと同じ色のペーパークッションにその身を沈めていたのは、一本の鍵だった。
——あげるって、何の鍵を。
——僕んち。
庵の脳裏に、十日ほど前の週末のやりとりがひらめいた。まさかこの男、実行したというのか。
「お待たせ」
「待ってない!」
目元が隠されて見えなかろうが満面の笑みだと分かる、器用な五条の表情が庵の目の前にある。庵は端的に叫んで、手の中の箱に蓋をした。
(2111020508)