お土産「あ、すごい!」
西宮が紙袋を覗き込んで歓声をあげた。彼女が取り出したのはクッキー缶だ。三輪は真依と顔を見合わせる。たまたま先日二人で〝気になるスイーツ〟を語り合ったとき、話題に上がった商品だった。
「こないだ発売されたばっかりの新作アソートだよね、これ」
西宮はこれを、任務帰りにたまたま行き合った東京出張帰りの庵から、お土産だと言って託されたのだという。男子たちは任務やら握手会やらで出払っていたので、とりあえず女子だけで寮の共有スペースに集まり、開封の儀を執り行うことにしたのだ。
西宮がぺりぺりと、ふたのふちを一周するテープを剝がす。ご開帳と相成ったクッキー缶は、人気の洋菓子店が新たにセレクトしたラインナップがぎゅぎゅっと詰め込まれたアソートだ。ごろりとしたチャンククッキーと、しっとり整然としたラングドシャのメリハリに心がはずむ。ジャムクッキーはキラキラとつやめく赤を抱く。アーモンドクッキーは見るからにザクザクとした食感だと分かる。アイスボックスクッキーは四角い格子柄と丸い渦巻き柄がくっきりと美しい。
「歌姫先生って甘いもの苦手とか言う割には、東京出張のお土産でスイーツのトレンド、外さないわよね」真依がジャムクッキーを手に取って、照明に照らしている。
「あ、確かに。前の出張でお土産にって買ってきてくれてたお菓子とか、季節限定ものだったしね」西宮はフロランタンを選び取った。
三輪はふくらとしたメレンゲクッキーをつまみ上げた。口に入れるとしゅわりと溶けていく。ベタつくことのない上品な甘さに、思わず頬をおさえてしまう。
「私たちのために、チェックとかしてくれてるんですかねえ」
「——なんてことを話しまして」
翌日、課題を提出するために訪れた職員室で、三輪は庵に会うことができた。普段から机の上に置いといてくれればいいわよとは言われていても、やはりちゃんと手渡しで、よろしくお願いしますと言い添えたい。加えて今日は、お土産のお礼も伝えたかった。
望み通りにお礼を伝えた勢いで、プチ女子会となった昨晩の話題を持ち出す。
「情報集めたりしてくれてるなら、うれしいんです、うれしいんですけど! 歌姫先生も忙しいですし、そう思うと申し訳なさもあってですね!」両手を広げてぶんぶんと左右に振る。「実際のとこ、どうなのかなー……なんて」
三輪がちらと見れば、庵は驚いたように目を見開いていた。それから、ええと、と少し言い淀むように視線を泳がせる。三輪は、じいと庵を見つめ続ける。それほど待つこともなく、庵が観念したように口を開いた。
「アドバイザーみたいなのがね、いるのよ」
「アドバイザー、ですか」
「私が甘いもの得意じゃないって知ってるくせに、あれがおいしいだとかこれが今話題だとか、いろいろ薦めてくるやつがいるの」
相手の好みに配慮するデリカシーはないが、舌は相当に肥えている男なのだ、と庵は言った。だから彼の食レポは、味についても質についても信頼できるのだとも。
「無理して情報チェックしてるとか、そういうことはないわ。でも、買っておいて自分ではちゃんと試食してなかったりするし、なんなら申し訳ないのはこっち」
そう言って、庵は困ったように笑った。三輪にとっては申し訳ないなんて思ってもらうようなことはどこにもないし、いつもお土産を携えて帰ってくる庵の気遣いそのものが心をくすぐる。
「歌姫先生が無理してるわけじゃないなら、安心しました! いつもありがとうございます!」
ごちそうさまです、と三輪は元気よく頭を下げた。いつまでも庵を独占しているわけにはいかないので、そこで会話に区切りをつけて職員室を出た。
アドバイザーのことをデリカシーがないと庵は呆れていたけれど、もたらされた情報をいらないと切り捨てずに活用するあたりに性格が出ている。例のアドバイザーはもしかしたら、自分の感想を庵がないがしろにしないことを分かっているのかもしれない。案外、おいしかったもののことを庵に報告してうれしい気持ちを共有したいだけだったりして、と三輪は思い至った。
昨晩は三人で、次はリクエストをするのもありかななんてちゃっかりしたことを話した。でもそれって、野暮ってやつかも。最近はやりのラブソングを口ずさみながら、三輪の足取りは軽やかだった。
(2111250529)