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    はまおぎ

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    はまおぎ

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    ご×う。当社比で五歌匂わせ強め。
    サンダル履いてほしい都合で夏のワンシーンなんですけど、五先生お誕生日おめでとうございますの気持ちは込めました。

    みちゆき 庵のつむじを見下ろす己の首の角度が、いつもと少しだけ違っていた。いつもより、深い。五条は思わず問いかける。
    「歌姫、背、低くない?」
    「これ、ヒールないからね」
     言いながら庵は一度、視線を足元に送った。ヒールと言っていたのだから、履物の話をしているのだと分かる。一定間隔で並ぶ街灯の光は頼りないが、五条の上等な目に映るのは呪力が描く世界だ。視界は良好。
     庵の足元のそれは、五条の呪力がよく馴染んだ、五条のサンダルだった。
    「何勝手に履いてんの」
    「アンタのサンダル」
    「そりゃ見たら分かるっつの。なんで履いてんのって聞いてんだよ、ぶかぶかじゃん」
     庵がぎらりとした目で五条を恨めしげに睨み上げた。
    「すっごくパカパカする」
    「そうだろうよ」
     そんな目で見られたところで、五条のサンダルが庵の足にフィットしていないのは五条のせいではない。二人の足に、二十センチという体格差に見合うだけのサイズ差があるのは自明だ。それを分かっていて履いたのは庵なのだから、パカパカして歩きにくかろうが自業自得でしかない。
    「そんな足元で鈍臭い歌姫じゃ、そのうち転ぶんじゃない? 大丈夫? 手、引いてあげようか」
     ひらひらと庵の目の前に差し出してやった手のひらは、パチンと場違いに晴れやかな音を立ててはたき落とされた。
     なめるなとばかりに庵は歩くペースを上げる。五条は立ち止まってその後ろ姿に、ぷんぷん、と漫画のような擬音を頭の中で添えてやった。
     うん、よく似合ってるよ歌姫。
     一つ先の街灯に照らされたところで、庵が立ち止まってこちらを振り向いた。五条が追いついてこないことにやっと気づいたらしい。いつもの五条なら、これ見よがしにコンパスの差を活かしてさっさと追いついている。
     庵の全身が、街灯にぽっかりと照らされていた。まるでステージ上、スポットライトで暗闇に浮き上がる歌姫﹅﹅のように。
    「なんか、すっごい景色」
     庵が着ているのはスウェットのハーフパンツにTシャツ、いわゆる部屋着レベルの服装だ。ついさっきまで部屋で二人過ごしていた格好のまま出てきている。唯一の違いは、ソファーの背にかかっていた五条のジャージを庵が羽織っていることだった。
     髪だって白いリボンで飾られたハーフアップではなく、シンプルなヘアクリップで黒髪を無造作にくるりとまとめあげている。極めつけに、足元はサイズの合っていない五条のサンダル。
    「歌姫がその格好で僕の生活圏まちを歩いてるのって、こう、刺さる」
     ぽかぽかと腹の底から湧き上がってくる柔らかなもの。それは五条の身に満ちて、指先を震わせ、心臓を急かし、表情を緩める。
     顔中の筋肉が笑みを形作るのを自覚した上で、五条の理性はそれを全く制御しなかった。どうせ五条と違って庵の目には、街灯が切り取る空間の狭間にいる五条の表情なんて見えていない。
     実際、庵は少し目を細めて、五条の表情をうかがっていたように見えた。その間にも頭のてっぺんからつま先まで、庵の姿を目でたどる。その視線を感じたようで、庵が自身を守るように身を抱いた。
    「お金取るわよ」
    「出してやろうか。することしてる女に金出すとか、関係が一気にいかがわしい感じになるね」
     五条がくっくっと笑ってみせれば、対照的に庵の口元は歪んだ。
     先の発言が本意でなかったのは五条とて分かっている。見るな、と言わなかったあたりが庵の譲歩だ。五条にしても、彼女と触れ合って満ち足りたこの感情を金勘定に落とし込むだなんて、そんなものは野暮の極みだった。
    「ほんとにお金欲しい?」
    「……いらない」
    「金出さなくても歌姫を見ていい僕は、歌姫の何?」
     今更、後輩だの同僚だのと言われるわけはないし、言わせるつもりもない。
     庵が目を泳がせた。街灯を見て、足元を見て、五条を見て。目が合ったまま、はく、と呼吸の仕方を忘れたように唇を震わせる姿が見えた。五条の視界がまさしくサーモグラフィーであったなら、あの全身は真っ赤に見えるのではないだろうか。
     そう思った瞬間、庵の向こう側にある交差点に光が差した。交差点に進入してきた車のヘッドライトは、ゆっくりと五条のいる側へ方向転換する。そのまま歩行者に気を使った速度で五条の横を通り抜けていった。気が削がれるとはこのことだった。
     空気を読めない車のテールランプの気配が消えたころ、庵は気まずげに五条から目をそらした。そして唐突に「お金といえば」と不自然な前置きで話題の転換を促す。先の問いへの答えには正直なところ未練があるものの、あんまりにも下手な会話のハンドリングは五条の情をくすぐった。思わず笑いそうになるのを堪えて、「なーに?」と乗ってやる。
    「アンタ、財布持ってないように見えるけど」
    「今時コンビニくらい、スマホがあれば十分」
     言いながら、尻ポケットをぱしぱしたたいて見せる。部屋を出るときに庵の目の前でスマートフォンをねじ込んでいた。それを思い出すことができたのか、ああ、といったん納得したような顔をした庵は、しかしまた怪訝そうな顔を取り戻す。
    「アンタ、鍵は」
     んー、と言いながら時間を稼いだ。呪力が彩る視界の中、改めて庵の全身を検索する。さながら荷物検査の機械にでもなったような気分だった。
    「……歌姫のポケットの中かな」
     目当てのものを探し当てた五条の言葉に、庵がジャージのポケットにがばりと手を突っ込んだ。その指先がポケットの中で鍵とキーホルダーを握りしめるのも、五条の目には見えている。
    「これはアンタの鍵じゃなくて、私の鍵」
    「同じことでしょ。荷物﹅﹅は分かち合っていこうって、それで僕ら今こうなってんじゃん」
    「私が覚悟したのは、こんなことじゃないわよ」
    「こういうことから地道に積み重ねていこ、って話」
     同じ部屋から一緒に出かけて、一緒に同じ部屋に帰るのだ。鍵なんて二本も三本も必要ないだろう。二人が名字を分け合うのはまだ少し先の予定だけれど、これくらいはかわいらしい予行演習だ。
    「とりあえず、まずコンビニ行こ」
     庵のいる街灯に歩み寄った。ポケットに手を突っ込んだままの庵の腕を引いて、夜闇の中に切り取られた黄色い円の中から、彼女を引っ張り出す。そのままするすると腕をつたって、ポケットから滑り落ちた庵の手をつなぎとめる。
     二人で指を絡めて、手のひらを重ねた。あとは、並んで歩くだけだ。

    (2112072219)
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