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    はまおぎ

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    はまおぎ

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    ご+う(withし)。
    「大義名分」の前段のつもり。
    おとなしく電話を貸したままでいてくれる程度には、しょうこさんチェックもクリアしている様子。

    チケット2枚『明日のデーゲームですか』
     電話越しにゴソゴソと何かを探る音がする。がたりと聞こえたのはたぶん電話を一度机かどこかに置いたのだろう。家入がうんうんうなっている声が、少し遠くから庵の耳元に届いた。
    『駄目ですね、夜まで予定入っちゃってる……』
     再び声が電話口に戻ってきた。家入はわざわざスケジュールを確認してくれていたらしい。ありがたい。「残念」と言ってくれる後輩の声はしょげていて、むしろ悲しませてしまったこちらが申し訳ないくらいだった。
    『調整できないかな……』
    「ごめん。いい、いい」
     想定以上の家入の反応に、多少オーバーな声を上げてなだめる。なんせ電話越しなのだ、物理的に引き留めるということが庵にはできない。
    「そこまでしなくていいの。こっちが急に言い出したのが悪いんだし。硝子は先約を優先しな」
    『でも先輩が一人だなんて』
     家入が食い下がるのを聞きながら、自分のミスでずいぶんと気を遣わせてしまったなと反省した。庵にとっては野球場でのソロ観戦なんて今更だ。気にしなくたっていい。そもそも本来一人で行くつもりで、今こうして連れを求めているのは予定外の状況なのだから。
    「チケットはもったいないけど——」
    『あ』
     庵が言い終わる前に、何やら不穏な様子が漏れ聞こえてきた。遠ざかっていった家入の言葉は、おそらく第三者に向けられたものだった。回線の向こう側で何かが起きたらしい。
    「硝子、どうしたの?」
    『歌姫一人でどこ行くの』
     庵の呼びかけに答えたのは家入の声ではない。いいかげんに聞き慣れた、腐れても朽ち落ちる様子の見られない縁がある後輩の声だ。視線は電話回線では届かないと分かっているが、握った電話を睨み据えてしまう。
    「……硝子をどこにやった、五条」
    『僕は誘拐犯かよ』
     電話口で家入に成り代わった五条の声は、硝子はここにいるよ大丈夫、と悪びれることなく続けた。
    『なんか楽しい予定の話してるみたいだったから、電話借りた』
    「窃盗の現行犯ってわけね」
    『人聞きが悪すぎない? 話が終わったらちゃんと返すよ』
     そう言った五条の声音は、文句のような言葉の割に笑っている。
    『で、どこ行くの。デーゲームって言ってたし、やっぱり所沢?』
    「アンタ、どこから聞いてたのよ」
    『〝もしもし、先輩?〟』
    「最初っからじゃねーか!」
     それなら全部知ってるんでしょうが、と怒鳴っても、まあねえ、とぺらんぺらんな反応があるばかり。
    『でも、歌姫が明日だなんて急なタイミングで硝子を観戦に誘ってた経緯は分かんないよ』
     庵の現地観戦は、急な思いつきというか、勢いによるものであることが珍しくなかった。呪霊はこちらの予定など考慮してはくれないのだ。ひと月先のチケットなど押さえたところで、任務が入ってしまえば紙切れでしかない。
     術師のブッキングに余裕がある週末に庵自身はオフが与えられていて、かつチケットが残っているという好条件がそろって初めて、現地観戦にありつける。機を逃さず観に行くこともあれば、疲れがたまっているからと家でのんびりテレビ観戦を選ぶこともある。決め手は結局のところ、ノリだ。
     そんな急ハンドルを切るような庵の思いつき観戦は、基本的に一人旅だった。
     この週末のホーム戦も、例に漏れず勢いで現地観戦を決めた。晩酌をしながら確認したチケット情報。残っている外野席。空いているスケジュールに、酒で上がっているテンション。
    「そしたら枚数間違えてて」
     今週末はレオくんに会えるぞーと気分よく眠りについて、起きて、ホクホクした気持ちで改めて申し込み内容を見直して、そこで気づいた。やけに決済額が多い。おかしいな取ったの内野席だっけ、と詳細を見れば、「×2」とある。
     酔っ払った庵が買ったのは確かに外野席だが、二枚だった。
    『酔っ払いテンションで買うからだろ。間抜けだね』
     間抜けだとは自分でも抱いた感想であるので、五条の指摘に口答えはできなかった。ただ、この後輩にやり込められてそのままでいるのは据わりが悪い。確たる言葉は発しないまでも、もごもごと口が動いた。
    『しかたないなー。悟くんは暇だよ、明日』
     サトルクンハヒマダヨ? 思わず頭の中で復唱した。
    「アンタが暇? 噓でしょ」
    『休みくらいつけてくれなくっちゃ、いくらなんでも人権なすぎだって。取れるときに積極的に休み取っておかないと、めちゃくちゃカジュアルに休日返上させられるし』
    「そんな貴重な休日なら、私に付き合わなくたって良くない? ゆっくりしなさいよ」
    『やけに食い下がるね。別に、歌姫と一緒に観戦行くのは初めてじゃないじゃん』
    「んん、まあ、そうなんだけど」
     野球に限らず、庵が五条とスポーツを観戦したことは幾度かある。大抵は飲みの席で、これまた勢い任せに二人でチケットを取って夜のうちに発券まで済ませ、朝起きて庵が気付いたときには行き帰りの足まで整えられていた。
     東京近郊であれば東京駅、京阪圏であれば京都駅、遠方であれば新幹線の中で落ち合って、駅弁を食レポし合ったり試合の前情報をレクチャーしたり。もちろん、受け持つ子どもたちの話題でも道中の会話はぽんぽん続く。
     観戦ツアー中の五条は、意外と素直に庵の趣味に付き合う姿勢を見せた。引き換えというわけではないが、庵も五条のお土産チェックに付き合ってさまざまな銘菓を味わったり、訪れた街のグルメに舌鼓を打ったりしてきた。
    『こないだ買ったバットとタオル、持ってけばいいよね。待ち合わせは東京駅? 昼飯は食べてくより球場メシの方がいい?』
     庵の観戦はソロが基本で、五条が同行することは決して多くはない。しかし数年にわたって確かに回を重ねて、今や五条は庵のスタンスをよく知っている。趣味全開の時間を共有する相手として、五条が申し分ない存在になっていることに、庵は今さら気がついた。
    「……東京駅、昼抜き球場メシ」
    『オッケー。観戦デート、楽しみだねえ』
    「単なる観戦よ。か、ん、せ、ん」
     一音一音を強調して言い聞かせたのは、五条にか、それとも。

    (2112210630)
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