●歌先生のストリートピアノ即興弾き語りコンサート
・五先生と待ち合わせしてる駅のコンコース、雨とかで電車が遅延してる（そのおかげで五先生はいつも以上に遅れることになった）のに対する利用客たちのイライラや不満、不安を受けて多めに湧いた蠅頭（湧くのか？）。一掃するのに術式を使うまでもない程度ってことで、歌にのせた呪力で殴るカモフラージュとして弾き語りをする。
・急に歌うわけにもいかないけれど見て見ぬふりというのも居心地が悪い、と歯嚙みしつつ見渡せば、あるじゃないか、おあつらえ向きの物が。

●鍵盤に両手を添える。右手でHi A。左手でA。己に刻み込んだ音程と比べても、大きなズレは感じない。予想よりもまともな調律だった。もう一度Hi A、今度は己の声も一緒に。ピアノの音と一緒に、遠く遠く延びる一筋の糸を紡ぐイメージで。コンコースの雑踏から、いくつかの視線を感じた。さあ、そのまま私の声を聴いていて。できれば集まって、立ち止まってくれると助かる。
　一つ深呼吸をして、吐く息に合わせて肩の力を抜く。ストリートピアノの弾き手としては邪道かもしれないが、まずはアカペラでワンフレーズ口ずさむ。ぼす、と近くにいた女性の肩から蠅頭が消えるのを横目で確認して、行けると判断した。鍵盤の上に指を躍らせる。弾むような音を奏でるのに合わせて、軽やかなメロディーを歌う。この声で空間を満たして、震わせて、響かせる。コンコースの空気を支配するくらいに。通りすがる人々を絡め取ってとどめ置くくらいに。この呪力に揺さぶられる呪霊たちが、心地よいままに消滅を迎えるくらいに。

●遅刻犯・五先生、やっとたどり着いて降りた駅で「歌ウマな人が弾き語りしてるらしい」「声めちゃいい」「行ってみよ」みたいな道ゆく人たちの声を聞く。歌ウマねえ、歌姫とどっちが上かな、なんて考えながらコンコースへ流れる人波に乗って待ち合わせ場所に向かう途中で聞こえた呪力こえに、気づく。いやこれ歌姫じゃん。
　ずいぶんと楽しそうに歌ってくれちゃって、まあ。歌ウマだってさ。声がいいってさ。ピアノもお手のものだよね。呪霊もやけに心地よさそうに消えていってるよ、ウケる。ね、僕のもんだよ、歌姫これ。羨ましいだろ。譲ってなんてやらないけど、ワンステージくらいならサービスしてやるよ、道ゆくみなさん。

（22.02.13 05:09）