リサイタル 水を飲んだ庵は、キャップを戻したペットボトルをそのままマイクのように構えた。喉が潤った喜びを語るように、あ、あ、あ、と跳ねるような声を上げている。
子どもみたいだね歌姫、と言ってやるつもりで五条は口を開けた。
しかし五条が声を出すのを遮るように、庵の声量が増す。糸をよるようなロングトーンが、音階を確かめるように上がり、そして下がっていった。あー、あー、と先ほどよりも声の伸びがいい。
庵は、んん、と一度喉を鳴らしてから、す、と息を吸った。喉を震わせ、唇から紡がれる声は、ついに歌声になる。
——あ、これ、さっきコンビニで流れてた曲。
会計中にイントロが始まり、AメロをBGMに会計を終え、Bメロを聴きながら店を出たのだ。アップテンポで明るい、夏の歌。
一番のサビを歌い終えた庵は、鼻歌を奏でながらタンバリンか何かのようにペットボトルをたたき始めた。間奏はこれでいくらしい。
庵の盛り上がりは衰えないまま、二番に突入した。酔っ払いにはあるまじき滑舌のよさで、はきはきと歌い続けている。
通り掛かりの人々が、横目でちらちらと二人を窺ってくる。繁華街を行き来する雑踏の中にあって、五条の上背が人々の視線を惹き、庵の歌声が聴覚を魅了するのだろう。二人はやはり目立っているらしい。中にはわざわざ立ち止まっている人もいることに、五条は気づいている。
結局庵は、Cメロを経てラスサビも朗々と立派に歌い上げた。
妙なことに、周囲からパチパチと拍手が起こる。酔客のテンションのなせる技か、ブラボーだのアンコールだのという声も聞こえた。
「ありがとー!」
上機嫌な庵は、五条の隣でにこにこと手を振る。しかし、五条としてはさすがに道ゆく程度のやつら相手にそこまでサービスしてやるつもりはない。五条は庵に向かい合うように立ち位置を変えた。
庵が不思議なものを見る目で見上げてくる。
「つまんなかった?」
「おもしろかったけど、なんで?」
「アンタ、すごい顔してるわよ」
たまたま行き合っただけで彼女の歌声を楽しんだ上に笑顔とお手振りを向けてもらえた幸運なやつらに、己が向けた顔。それは——それは、まあ、凄まじかろう。
(22.06.25 03:33)