あの子の行き先 中学生時代の友人たちとの飲み会は、酔っ払いノリの謎の一丁締めをもって晴れて解散となった。とはいえこのあと電車に乗るにも目指すは駅、タクシー乗り場もどうせ駅前だから、とメンバーで固まったまま移動が始まる。
「楽しかったあー! また誘ってねーっ」
かけられた声に振り返ると、まだ一人、店前にいるではないか。彼女はぶんぶん手を振っているかと思えば、ふわりと身を翻して反対側へ歩き出す。思わず「おーい」と声を上げて引き止める。
「歌姫、駅そっちじゃないよ!」
それなりに人出のある繁華街を進むあの子の、素面ではない足取り。千鳥足とは言わないけれど、それでも人とぶつかりそうになっては、なんとかよけている。駅とはてんで違う方向へ進んでいる自覚はあるだろうか。
「ちょっと、副幹事」
「おー、どうした幹事」
「歌姫が反対側行っちゃったから、私、回収してくる」
「庵……ああ、結構盛り上がって飲んでたな……。でも今日アイツ京都からなんだろ、このへんに宿取ってんじゃねえの」
「あの子、宿はあるけど別の駅って言ってた。だから電車なりタクシーなり乗るはずなんだけど」
「それなら、てんで見当違いな方向だな。女だけで大丈夫? 俺も行こうか」
「あー、頼むわ」
副幹事の言うとおり、歌姫の卓は本日、職場の先輩・後輩トークで盛り上がりを見せていた。「飲まなきゃやってらんねーわよ!」と嘆いた彼女の口は次の瞬間ビールのジョッキを迎え、黄金の炭酸とふわふわの泡をみるみるうちに飲み込んでいったはずだ。
バッグ振り振り楽しそうな背中を、副幹事と二人駆け出して追う。よたよた進む歌姫は、ふいにコンビニのある角で曲がるそぶりを見せた。いよいよ姿が見えなくなってしまう。
「歌姫!」
焦ってできる限りの声量を振り絞った声に、彼女はやっと立ち止まってくれた。きょろきょろとあたりを見渡している。自分が駅前に向かえていないことに気づいたのだろうか。
もう一度呼びかけようと息を吸い込んだ矢先、「歌姫」と呼ぶ声が聞こえた。私の声ではない。だって、男の声だった。しかし私が連れている副幹事の声でもない。本人も首を横に振っている。
「ゴール! 庵選手一位でフィニッシュ!」
歌姫の声である。見れば彼女はセルフの実況とともに男に体当たりしていた。……男。
「まっ……待って待って何あのイケメン⁉︎」
「身長えぐいな……ちょ、おい、痛い、叩くな痛い」
「見事な独走状態でした! どーですか解説の五条さん」
「そーですね、事前の予想よりはタイム縮めてきましたね」
(22.12.01 18:13)