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    human_soil2_oto

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    ワードパレット:女教皇 直感 海 傷つく

    恋を証明せよ! 私の部屋には箱がある。

     貴方に言えずに呑み込んできたいろんな言葉を綴って折った、小さな紙がたくさん詰まった段ボール箱。
     時が経つほど嵩を増す中身は、ただのゴミでしかないはずなのに、捨てる気にはなれなくて。
     この箱が満ちるまで、貴方が私の心に気づかなければ、私は貴方とさよならするのだ。随分前に、そう決めた。

     貴方はきっと私のことなど大して好きではないのだろう。コイビトであるはずなのに、一番でも、唯一でも、特別でもないのだろう。それもそうだ。家族、友人、仲間たち……貴方の周りには私なんかよりずっと大切な人がいると、私はとっくに知っている。

     コイビトなんて肩書にはなんの意味はない。貴方が私に向ける言葉や仕草にだってなんの価値もない。貴方にとってはなんでもない言葉や仕草に、意味だの価値だのを見出して、宝物みたいに抱き締めて、小さな幸せに縋っているのは、私なのだ。何もかも私の勝手なのだ。期待しても裏切られるだけだと、飽きるほど繰り返したはずなのに、今度こそはと信じてしまうのも、悲しいくらい私なのだ。私を一番傷つけてくるのは貴方なのに、私を一番幸せにしてくれるのも貴方なのだと気づいた日の絶望を、貴方は理解できないだろう。

     貴方のことを諦められれば、今よりずっと楽になれるのに、それができないのは貴方のことが好きだからだ。こんなのはおかしい、釣り合わない、不公平で不条理だと、そう思っても止められないのだ。捨てることなどできないのだ。

     いっそ狂ってしまえたらと思うくらい、壊れそうな心を抱えて、今も独り、言えなかった言葉を私は紙にしたためる。涙はもう随分前から止まってくれない。唇を噛み締めてもあとからあとから溢れてきて、ああまた、インクが滲んでしまった。

     同じだけの想いを返してほしいと望んでも、叶わないのだと思い知るたび、私の心はほつれ、千切れた。慰めてくれる人はどこにもいないのに。

     もしも、想いの強さを質量に変換できるとしたら、その天秤は私のほうに傾くのだろう。私が貴方への想いの塊をせっせと皿に乗せる間に、貴方はきっと羽毛のようなそれをひらりと置いて、悠々と休息をとるのだ。私がまだそれを乗せ切れていないことにも、重さに耐えきれなかった私の皿が、すっかり地面についてしまっていることにも気づかずに。そんなことばかり考えてしまう。

     貴方を好きになったことに理由があったらよかった。そうすればその条件に沿った「代わり」を見つけられたかもしれないのに。けれど私にそんなものはない。ただ貴方が好きなのだ。貴方が貴方だから、私は好きになったのだ。

     過ごした時間(おもいで)を忘れられても。交わした約束を破られても。私を知ろうとしてくれなくても。他の人には触れるくせに私には触れてくれなくても。それでもどうしたって貴方のことが好きなのだ。好きでいることをやめたくない。ぢりぢりと焚け焦げるような心臓の痛みを忘れられる日は一生来ない。

     そしてついに、箱に封をする日が訪れた。
     そこでふつりと、心の糸が切れたような感覚があった。ああ、やっと貴方を諦められる。悲しくて寂しくて嬉しかった。

     もういいよね? 頑張ったよね? いっぱいいっぱい耐えたよね?

     私は自分に問いかける。自分の選択に間違いはないと確かめるように。
     期待することにはいい加減飽きて、独り善がりの「好き」を抱え続けることももう疲れた。ならば全部消してしまえばいい。最初から何もなかったのだ。私と貴方の間には。

     灰になるまで燃やしたかったけれど、こんな都会でそんなことはできないから。だから私は、この箱を貴方に送りつけてやることにした。重くて、鬱陶しくて、面倒臭くて、気持ち悪いそれを。

     これは、私のささやかな復讐だ。
     私の所為で貴方が、かすかでも、束の間でもいいから、苦しめばいい、傷つけばいい。――嘘。私と同じくらいの痛みを味わって生きていけなくなればいい……なんて、貴方に限ってそんなことはあり得ないのだけれど。

     それでは、最後に別れの言葉を。

     「ばいばい」

     私が誰より愛した貴方。
     貴方を誰より愛した私。

    ◆◆◆◆◆◆◆

     俺の部屋には箱がある。

     ガムテープで封をされた重たいひとつの段ボール箱。中にぎっしり詰まっていたのは折り畳まれた小さな紙で。あまりにも多かったので二、三枚だけ開いてみたが、数行文字が書かれているだけのようだ。紙上の文字の一部が滲んで読みにくくなっていたが、なにか溢したのだろうか、水滴が落ちた痕のように見える。
     送り主は書いていなかったが、誰の字かはすぐにわかった。けれど、何故こんなものを? 俺にはそれがわからない。

     次会った時に聞けばいいか。そう思っていたのにその送り主―俺の恋人だ―に不自然なほど会えない日が続いた。そういえば、いつも気づけば近くにいたから自分から探したことはなかったと思い至る。メッセージを送っても一向に返信はなく、電話にも出なくて、おかしいなと思っていると、しばらく経って痺れを切らした友人から「お前、それ避けられてんだよ」と指摘された。
     そう言われても、やはり何故かはわからない。俺は君に何かしたのだろうか。

     いつだって明るく笑って俺のそばにいてくれた君が、いつのまにか離れていたことに俺は今まで気がつかなかった。そこにいるのが当たり前で、振り返ることもせず気に留めていなかったのだ。君と最後に話したのはいつだったか。その時は何を話したのだったか。背筋がひやりとする。

     仄暗い波が押し寄せては引いていった。繰り返す度に少しずつ波は大きくなって俺の心を掻き乱す。君を探そうにも、君がどこにいるのか、君がどういう行動をとるのか、俺にはとんと見当がつかない。つかないことに、少し焦った。俺は何も知らない、知らなかった、君のことを。あんなに一緒にいたはずなのに。そうか、俺は君にいろいろな話をしたが、君から話を聴いていなかった。そのことに、今更気づいた。情けなくて、恥ずかしい。

     二進も三進もいかなくて、ひとまず俺は、箱の中身を確認してみることにした。二、三枚ではよくわからなかったそれは、読めば読むほどに君から見た俺と君との繋がりを示していて、そこでようやくインクを滲ませた水滴の痕は君の涙なのだと悟った。この紙切れは一枚一枚が君が負った「傷」だ。他でもない俺がつけた「傷」。こんなにも数えきれないくらい、俺は君を痛めつけてきたのだ。無知は罪だ。「知らなかった」「気づかなかった」は免罪符にならない。

     初めて君と向き合いながらひとつひとつの紙切れを丁寧に読み続け、気づけば朝になっていて、俺の部屋は知らないうちに紙の海になっていた。
     こんなに溜め込むくらいなら、こんなことする前に直接言ってくれればよかったのに。そんなふうに思ったが、君はそれを俺に「言えなかった」のだ。

     そして、君の心の内側に全て目を通しきって思ったのは、俺は君に愛想を尽かされても仕方がない行いをしてきた、ということだ。謝りたいと思うけれど、どの面下げて会いに行けと? そもそもどこにいるか全然わからない。頭が痛くなってきた。

     そもそも、俺は会って、謝って、それから一体どうしたいのだろう。君とどうなりたいのだろう。俺にとって君はどういう存在なのだろう。君を好きになったのはいつだっけ? どうして君を好きになったんだっけ? 今、俺は君のことをどう思っている?

     最初は笑顔が可愛い子だなって思って、なんとなく目で追うようになって、元気で明るくて、一緒にいるのが楽しくて、いいなと思った。きっと恋に落ちる、そんな直感があった。そのうち二人だけで出掛けるようになって、二人の間に流れる空気から俺たちはたぶん両想いだろうなと感じて、それからどうしようか迷っているうちに先に告白してきたのは確か君だった。俺は君の「貴方が好きです。私と恋人になってくれますか?」の問いかけに「喜んで」と答えたんだっけか。かっこつかないなあ。

     付き合い始めてからは、だいたい俺が何かしようと思う前に先んじて君が動いていて、デートの行き先を決めるのも旅行のプランを立てるのも君だったし、はじめて手を繋いだのも、抱き合ったのも、キスしたのも、その先だって全部君からだったことを思い出した。君が俺の手を引っ張って歩いてくれるのがなんだかとても好きで、それが俺たちの当たり前になっていた。それが俺たちの最良で、そういう関係であることが誇らしくて、俺がやりたいことをいつも察してくれてありがたいなあ、なんて思っていたんだっけ。言わなくても言いたいことが伝わるなんてもしかして運命? なんて思ったこともあったような。でもそれは運命なんかじゃなくて、君が俺のことをたくさん考えてくれて、俺が楽しく過ごせるように一生懸命頑張ってくれていたから成り立っていたものだった。そうやって、君から与えられる掛け値なしの愛情に無自覚に甘えてきたツケが、回ってきたのだろう。最低だな、俺。本当にかっこ悪い。

     こんなふうに別れを突きつけてきた君だ。もう二度と俺になんて会いたくなんてないだろう。しかし、俺がその君の意思に反してでも、君に会いに行きたいと、そういう衝動を感じているのは、俺がちゃんと君を好きってことなんじゃないだろうか。君を傷つけたことを謝って、君に許されて、罪悪感を少しでも軽くしたいという気持ちはあると思う。でも、それだけじゃなくて、今まで自分のものだった愛情が自分のものでなくなるのが嫌だという独占欲も、他の人に向けられていたらと想像して渦巻く嫉妬心もこの胸に確かにあるのだ。だから、俺は君を探して、追いかけて、捕まえることにした。いつも君が俺にしてくれていたみたいに。そうしたら、本当の意味で俺が君をどう思っているのかわかる気がした。

     それじゃあ、始めようか。最初で最後の愚者(おれ)の旅を。

     「きっとまだ繋がっているはずだから」

     俺は走り出す。息が切れて肺が悲鳴を上げる。骨が軋んで激痛が走る。
     止まるな。君はもっと苦しんでいたはずだから。

    ◆◆◆◆◆◆◆

     名前を呼ばれた。大好きな……間違えた、大好き「だった」声で。

     幻覚でも見ているのかと思った。だって、あまりにも都合が良すぎたから。
     夢なんじゃないか、むしろ夢であってほしいと手の甲に爪を立てる。痛い。ああ、これは現実なんだ。嘘。本当に?
     今、私の目の前に貴方がいる。肩を大きく上下させて、足はみっともないくらい震えていて、私をまっすぐに見ている。

     追いかけてきてくれたのだろうか。その顔を見ただけで、好きだな、嬉しいなと、まだ反射的に思ってしまう。けれど私は、そういう素振りをみせてはいけないのだ。この大好き「だった」憎らしい男がもし私に万が一にでも復縁を迫ってくるなら、簡単に靡いてなんてやらないのだから。突き放して、めいっぱい傷つけて、私にしてきたことを後悔させてやるのだ。そうしたら少しはこの胸はすくだろうか。

     「なんで来たの?」
     「君に言わなきゃいけないことがあるから」
     「今更?」

     できるだけ低く冷たくぴしゃりと言い放つ。

     「君を傷つけてごめん。泣かせてごめん。いつも君に甘えててごめん」
     「ふーん、それで?」
     「簡単に許してもらえるとは思ってないよ」
     「それって、謝り続ければ私が許してくれると思ってるってこと?」
     「あ、いやそうじゃなくて」

     なんなんだろうこの人は。苛々して、それからどうしようもなく虚しくなる。

     「そういうことでしょ。無意識に出る言葉から滲み出てるのよ。どうせ最後には私が折れると思ってるんでしょ?」
     「だから違うって! ……君ってそんなに捻くれてたっけ?」
     「私のこと知ろうともしなかったくせに、勝手に偶像を作り上げて喋らないでくれる?」

     本当はわかっている。貴方が私に対してそういう態度なのは貴方のせいだけじゃない。私が意図的に見せなかった面があったからだ。だって私は貴方にもっと私のことを好きになってほしかった。

     「酷いなあ」
     「酷いのはどっちよ! そんなふうに思うなら、こんな面倒な女、放っておけばよかったでしょ? 良心の呵責に耐えられなかった? 自己満足のためにどうでもいい女に会いに来るなんて、随分暇なのね」
     「どうしてそんな言い方するんだよ」
     「これまでの行動を顧みてみたら?」
     「俺はただもう一度、君と一緒にいられたらと思って」
     「この期に及んでよくそんな調子良いこと言えるね。貴方のそういう直情的で無神経なところ、本当に嫌。でもそうよね。私、貴方にとってはそばにいるとなにかと便利で使い勝手がよくて、都合が良い女だったよね」
     「違うって言ってるのに。そうやって思い込みで突っ走るのはやめてよ。今まで言ってこなかった俺の考えてること、ちゃんと全部話すから。俺の話を聴いてよ」
     「嫌よ! なんで貴方はいつだって私の話を聴かなかったのに、私が貴方の話を聴かなきゃいけないの?」
     「我儘ばっかり言わないでよ」
     「我儘なのはそっちでしょ! 一時の感情で私を振り回さないで! 私の気持ちを考えたことなんて、一度だってないくせに!」

     自分で言って悲しくなってきた。ああ、泣きたくないなあ、この人の前で。自分が酷く弱くなったみたいで嫌だ。あれを書きながら一生分泣いたと思ったのに。

     潤んだ瞳も歪んだ表情も見られたくなくて俯く。
     悔しかった。いつだって貴方と一緒にいて乱されるのは私なのだ。どうして、こんなにも上手くいかない。唇を強く噛んだ。
     
     それからしばらくの沈黙があって、足音が近づく気配がした。項垂れた頭がとんっとなにかに当たる。背中の、上の方がじんわりと熱くなった。
     ああ、そうか。私、今、貴方の腕の中にいるのか。今まで全然、貴方からは触れてくれなかったくせに。こういうときだけ、そういうことするんだ。ずるい。ずるい。貴方って本当にずるい。

     続けて、頭上から柔らかな声が降ってくる。

     「考えたよ。ものすごく遅くなったけど。君からあの箱が届いて、中身を読んで、それからたくさん考えた。俺は君が俺をわかってくれるから、俺が君に向けている気持ちも全部正しく伝わってて、俺たちは同じ気持ちなんだと思い込んでた。俺たちに言葉は要らないんだって本気で思ってたし、君から想われている自信もあった。だから君がずっと俺の隣にいてくれるものだって当然のように信じてた。だけど、君はそうじゃなかったんだよね」

     その通りだった。気づいてくれたことは嬉しい。でも、それで私のずたずたになった心がもとに戻るわけじゃない。怖かった。これから先、貴方と一緒にいたとして、貴方の些細な言葉や行動にまた傷つけられることが。

     「遅いよ。私、もう無理だよ」

     そっと貴方の胸に手を置いて、腕の中から出ようとする。そうしたら、貴方は私の両肩を掴んで、俯く私の顔を覗き込んで、無理矢理視線を合わせてきた。強くてまっすぐな瞳が私を射抜く。
     
     「それでも、好きだよ。君のことが。ちゃんと好きだ。君の晴れ渡る空みたいに笑った顔が、俺の名前を呼ぶ声が、細いのに俺のことを力強く引っ張ってくれる君の手が、俺を見つけて俺のところに走ってくるときの足音が、好きだよ。ずっと好きだったよ。これから先、俺の隣に君がいないのは嫌なんだ。だからまた俺と、もう一度恋人になってくれませんか?」

     あんなに絆されてなるものかと思っていたのに、こんな言葉なんかで絆されてしまいたくなった。この場限りかもしれないのに。恋は好きになったほうが負け、とはよく言ったものだ。私は一生、この人に勝てないのだろう。ああ、なんて腹立たしい。
     扱いやすくて安っぽい女にはなりたくないけれど、かといって突き放しすぎて貴方が私を諦めてしまうのは癪な私は、貴方からはじめてもらった私への感情を前に、ただ黙ることしかできなかった。

    ◆◆◆◆◆◆◆

     俺が君に対して抱いている一番大事な、核となる気持ちは伝えた。
     それでも君が頷くことはない。当然だ。そんな簡単に人の気持ちは動かない。それだけ、君の傷が深かったということだ。
     なら、どうするのか。答えは至ってシンプルだ。

     「いいよ。答えなくて」
     「え?」

     きょとん、とした顔で君が俺を見る。可愛いな、と思う。思うだけで言わないから駄目だったんだよな、と学習した俺は自分の心に正直になって「可愛いな」と伝える。君が余計に困惑しているのが面白くて吹き出してしまうと、ちょっとむっとした顔の君がいて、それもまた可愛いなと思う。ああ、本当に俺ってめちゃくちゃ君のことが好きなんだ。

     「……ちょっと、私のこと馬鹿にしてる?」
     「え、してないしてない」
     「絶対してる」
     「してないってば」
     「ていうか、答えなくていいってなに? どういう意味?」

     君の瞳が少しだけ不安そうに揺れている、気がした。俺の願望が認知を歪めているのかもしれないけれど。

     「そのままの意味だよ。俺が君につけた傷を俺自身ができるだけ癒して、君が俺の気持ちを俺が思っていたみたいに当たり前に受け取れるようになって、それから『はい』って言ってくれるようになるまで何度でも言うから、今は答えなくていいよってこと。……これで伝わる?」
     「どうせ、そのうち飽きるくせに」

     ぽそっと君が呟く。そう思うなら思っていればいい。そして驚け。失いかけてやっと気づいた馬鹿な俺だけど、思い返せば自分でもびっくりするくらい、俺は君が好きみたいだから。

     呆れるくらい何度だって、君に証明していくんだ。俺の内にある感情を。
     そしていつか、君がくれたたくさんの想いの欠片を、こんな時もあったねと、二人でなぞれる日がきたらいいな、とそう思う。

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     時が経つほど嵩を増す中身は、ただのゴミでしかないはずなのに、捨てる気にはなれなくて。
     この箱が満ちるまで、貴方が私の心に気づかなければ、私は貴方とさよならするのだ。随分前に、そう決めた。

     貴方はきっと私のことなど大して好きではないのだろう。コイビトであるはずなのに、一番でも、唯一でも、特別でもないのだろう。それもそうだ。家族、友人、仲間たち……貴方の周りには私なんかよりずっと大切な人がいると、私はとっくに知っている。

     コイビトなんて肩書にはなんの意味はない。貴方が私に向ける言葉や仕草にだってなんの価値もない。貴方にとってはなんでもない言葉や仕草に、意味だの価値だのを見出して、宝物みたいに抱き締めて、小さな幸せに縋っているのは、私なのだ。何もかも私の勝手なのだ。期待しても裏切られるだけだと、飽きるほど繰り返したはずなのに、今度こそはと信じてしまうのも、悲しいくらい私なのだ。私を一番傷つけてくるのは貴方なのに、私を一番幸せにしてくれるのも貴方なのだと気づいた日の絶望を、貴方は理解できないだろう。
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