「どうしてあんなことしたの」
「……すまなかった」
年齢も社会的地位も上の男を言い聞かせねばならない状況に、サモナーはぐったりとしていた。
「ほんとうに困る」
「うむ、しかしだな……」
しかも意外と引き下がらない。床に正座するダゴンの前に、大量のサイリウムと手作りうちわが並べられている。
バズドリのサモナーが出演する際、どこから聞きつけたか友人知人が見に来てくれるのは知っている。もちろん他校の講師が見に来たっていい。過剰な応援も、まあいいだろう。問題は――
「どうしてミカイールと喧嘩したりしたの」
バズドリメンバーの性質上、客席でのトラブルは多いが、特にやっかいなのが全肯定型厄介オタクのダゴンと、全否定型厄介オタクのミカイールのしょうもない争いだ。
サモナーのやることなすこと全て称賛するダゴンに対し、やれMCの内容がよくなかったとか、音程がおかしいとか、ひとつひとつ丁寧にダメ出しするミカイール。お互いに他人と喧嘩なんてするタイプではないのに、なんでか争いを繰り広げている。
「私の、そう、性のようなものだ」
英雄天使のそれは高度なツンデレだから、サモナー的にはまだ容認できる。でもダゴンは社会人で、いい大人なのだから……とサモナーは頭を抱える。
「ミカイールにもあとで言い聞かせるとして、もうしないでほしい。約束できる?」
「……ふむ、ならば私に仕置きをくわえてくれまいか」
「ええ~……」
サモナーは先生にそんなことをするなんて、と渋ったが、仕置きてくれればもう英雄天使と喧嘩しないというものだから、サモナーはわかった、と頷いた。
だが人を叱った経験など殆どないサモナーは、身近な知識からおしりぺんぺんをすることにした。ヘパイストスがやり過ぎた時は、たいがいこれで言い聞かせるのだ。
ダゴンの自宅であるから、誰の目も気にすることはない。男はダイニングテーブルに手をつき、少し突き出された臀部を、サモナーは恐る恐る触れる。
「ふふ、そのように怖気づくことはあるまい」
「はあー⁉」
ダゴンの挑発的な言葉に、サモナーはイラッときた。そも怒られているのに全く反省の色がないし、むしろ楽しんでいる気風さえある。
サモナーは強引にダゴンのズボンと下着をおろすなり、一切の手加減なしで臀部を叩いた。
「こっちは! ダゴンが! 出禁にならないように! 気を回してるんだけど! なんなの! ほんとに!」
「ふっ、ふふふ、はははっ、いや、すまなんだ、わかっている、わかっているとも」
ばちんばちんと、痛烈な打撃音とダゴンの哄笑が部屋に響き渡る。その余裕ある様に、ますます苛立ったサモナーは床のサイリウムを一本とり、容赦なくダゴンの尻の窄みに突き入れた。
「ぐっ、はあ、は、サモナー……!」
一本だけでなく、形状が違うものを二本、三本とねじ込まれる。サモナーはせっかくだからとスイッチを入れ、ぺかぺかとライトが光る様を笑ってスマホで撮影した。
「くっだらな。これエーギルに送ろうかな」
「む……それは」
「うそうそ、そんなことしない」
「ああ、サモナー、弱みを握られたいのも、それによって脅しつけられたいのも、お前だけなのだ……!」
絡んでくる触手を払い除け、サモナーは調子に乗るなとばかりに尻たぶをつまんでひねり上げる。男の股ぐらが甘く勃っていることを目の端で確認しながらも、決してそれには触れない。
「楽しんでいるのダゴンだけだよ。本当に反省してる?」
「ああ、も、もちろんだとも……ぐうっ!」
「下脱いで、こっち向いて座って。足もひろげて」
命令に従ったダゴンは、熱のこもった眼でサモナーを見仰ぐ。動くたび尻のサイリウムが腸内をえぐり、その痛みと苦しさがさらに興奮を煽る。
サモナーは剣の神器を手にした。窓もドアも閉じきった部屋は閉鎖領域と判定され、神器の召喚ていどはできた。
剣の鋒(きっさき)が海魔の昂る肉茎を撫でる。わずかでも手元を狂わせれば斬られてしまうだろうか、想像するだに恐ろしい。すべてはサモナーの采配のもとに、この状況にダゴンは興奮しっぱなしで、荒い息と涎が止まらない。
「たの、■い、か?」
「ああ……ああ、この不出来な、私に、存分に、罰を与えてくれ給う……。
いや、待て今なんと?」
室内灯が割れ、サイリウムの灯も消える。海の底の底から響くような、くぐもった声音は決してサモナーのものではない。
不自然なまでに真っ暗になった部屋内ではサモナーの顔は判別できない。だがダゴンは膝をついて、歓喜の声を上げた。両手を差し出し、いあいあ、と賛嘆を述べる。
「クー・リトルリトル……! 偉大なる我が」「だまれ」
ダゴンの手足ともいえる触手が、ダゴン自身の身体に絡みつき締め上げる。
めきめきと骨が悲鳴を上げ、実際脆い関節部分は砕けた。舌をつかまれ、ぐいと引っ張られる。情けないほどの絶叫と、信じがたいほどの痛苦からダゴンは胃液を吐き下した。
「このこ、は、わた■たちのた■せつな、こ、な■■――けん、■く、ごとき、が」
「あっ、はあ、はあ、す、まな、すまな、い」
「ほえるな」
「ぐあっ、がああああッ!」
「このこ、がけ■■、くをどう■■■、といい■れ、ど
け■ぞく、がこのこ■、どう■■けんり、はない」
「おっ、おおせ、おおせのっ、ままにィッ」
「けんぞ、■のねが■は、■■わない
このこ、はわ■■たち、があいしてい■
だ■の、あいもとどかせな■」
「ああ、ああだが、クー・リトル、リトル――それでは、それでは私がここにいる意味が――」
なんでか気を失っていたサモナーが起き上がると、なんでか隣に大怪我を負ったダゴンは昏倒していた。
床も壁も血だらけで、触手は千千にちぎれて散乱しているうえ、ダゴン本人の手足は開放骨折により皮膚を突き破っている。
サモナーは絶叫とともに救急車と警察を呼んだが、ダゴン本人の表情は満足げであった。
「全治二ヶ月だ。素晴らしい」
「むしろそれで済むんだ……?」
「この身体は大概のことでは壊れないし、再生能力も高いのでな。ああ、残念なほどに……」
普通の人間であらば一生の後遺症が残るであろう大怪我を、海魔はとくに手術も入院もせず一日で自宅に帰ってきた。
だが腕は固定しているために、しばらく大学講師の職は休むことになった。本業の一部は自宅でもこなせるために問題はない。
「一体なにがなんだか……」
どう考えても異常事態であったため警察も来たが、ダゴンがなにか不明瞭な言語を唱えると事故だと処理してあっさり引き上げてしまった。
「ふふ、お前は何も気にする必要はないのだよ」
ベッドに横たわってはいるが、触手がお茶を出したりお菓子を皿に盛り付けたりと、普段通りの世話焼きぷりだ。
だが鎮痛剤を飲んでないようで、時折苦痛に呻く。サモナーはカバンからタッパーウェアを取り出し開ける。中にはカットされたリンゴ。怪我人のお見舞いに行くと聞いたホロケウカムイが持たせたのだ。
「はい、あーん」
「う、む」
こういった触れ合いには遠慮がちになるダゴンに、サモナーは思わず笑った。
「普通にしていればかっこいいんだから、そのままでいてほしいな」
「……ふ、だが怒った顔も、実に魅力的であった」
「自分は怒るより、笑っていたいよ」
「では私にその身を委ねてはくれまいか。私に何をしても、歓びでしかないように教えて」「だまれといっている」
ふいにサモナーが手を突き出し、りんごを刺していたピックで海魔の頬を口内まで貫いた。ダゴンの感謝の雄叫びと、サモナーの悲鳴が室内に鳴り渡る。