寄る辺なきもの なにが彼女をそうさせるのか。
シリンには理解ができないし、またする気もないが、ふとそう思うときはある。
お館様の命でなければ、忌々しい龍神の神子と行動を共にするわけがない。ランは自己主張しなかったからまだよかったが、千歳はちがう。自ら考え、行動し、果ては星の一族の子どもまで引き込んだ。洗脳、というわけではない。星の一族の子どももまた、自ら考え、ここにやって来た。白龍の神子に愛想を尽かした、という訳ではなさそうだが、仮にシリンが京の人間だったとしても、そこまで京をどうこうしたいなどとは思わないだろう。
(馬鹿な奴らだよ。あいつらがどうこうしたって、ただの駒にすぎないのにさ。最終的には、京はお館様のものになる……)
千歳と深苑がいかに奔走しようと、鬼を追い出し京の者だけの繁栄を望み、そのくせ栄枯盛衰に耐えきれず、我が身を嘆く京の人間と、変わりはしない。
あたしは違う。誇り高き鬼の一族と、馬鹿な人間では。
愛するお館様のために生き、お館様のために死ぬ。そうしたら、きっとお館様に愛される──。
「千歳殿、文が届いていた」
「院や帝……ではなさそうだね」
深苑が広げた文をシリンが覗き込む。それなりの歌が書いてあるが、恐らくはつまらない貴族の男だ、とシリンは嗤った。
「どこかの貴族ね」
「返歌はしないのか」
「しないわ」
「すればいいだろ? あとで役に立つかもしれない」
「いらないわ」
幼いときから霊力が高く、生きている人間と同じように意志疎通を交わしていた千歳にとって、信用に足るのは未だに怨霊らしい。龍神の神子といっても、頼れるものがひとりもいない。そう考えると、実は似た者同士なのかもしれない、と千歳と深苑を見て、シリンは思う。
「返事なら、あたしがしといてやるよ。男なんて馬鹿なんだからさ、うまくすればいい駒になるよ」
「ふん、下賎な……」
「なんだい、あんたにできんのかい?」
ガキは黙ってな、と深苑の手から文を抜き取りながらシリンは言う。今日は忌々しい頭痛もない。千歳のためになるのは癪だが、これもアクラム様のため。──シリンは、自分だけは孤独ではない、と思うのだった。