「行けばいい」、そう言ったのは私だ。
飽きもせず頻繁にカジノに足を運ぶ彼は、弟の取手が取れただの、昼食が美味かっただの、大会で活躍しただの、何の変哲もない、それでいてどうでも良い日常の話ばかり口にする。
金を払うならまだしも、5ドル程度の小遣いしか持たない彼に支払い能力などなく、そのくせ生来の強情さを遺憾なく発揮し、いつしかカウンターの一部は彼の特等席と化した。彼にかける時間がたったの一銭にもならないと思うと余計に腹が立った。
そう、やむを得ず始まった彼との交流も、結局は日常の些細な出来事にすぎなかったのだ。掬った砂粒が指の間から抜け落ちてゆくように、いちいち記憶にも残らないようなもの。
だから余計、その言葉が聞き慣れなくて。
***
「待っていて、くれる……?」
彼が姿を現さなくなってから、どれほどの月日が流れただろう。机の整理中に偶然引き出しの中で、数年にわたる彼からの「贈り物」を見つけた。クーポン券やドングリ、花弁、薬にも毒にもならないものばかり。その中の一つを手に取ると、熱弁する彼のうるさい表情が目に浮かんだ。
なぜ今更、それらに心を擽られてしまうのか。
カネや宝石など、普遍的に価値の高いモノは権力を生み出す。幼い頃からそれを思い知らされていた私はふと、彼の目にはこの世界がどう映っていたのか気になった。
不本意ながら結論は直ぐに出た。今の私なら、その気持ちが理解できてしまう気がするから。
砂粒の中の小さなカケラが、掌に刺さってしまった。振り払うことができないのは、それがカジノの照明を浴びて、切なく光っていたから。
失うまで本人さえ気づかない価値があってたまるか。