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    松島 月彦

    なんかやべぇ奴

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    松島 月彦

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    遊園地に行った話

    ##容貌失認のゼと車椅子のアポ
    ##現パロ
    ##アポゼノ

    「これ乗りたい!」
     フィンレイが一つのアトラクションの前で足を止める。飛行機を模したゴンドラが上下に動きながら垂直軸の周りを回転する遊具のようだ。メリーゴーラウンドが宙ぶらりんになったもの、といったところか。
     飛行機を模しているというのが気になって、車椅子のハンドルを握るボクの手に汗が滲む。エリサも同じようなことを考えたらしく、彼女が横目でアポストロスの顔を窺ったのが分かった。恐らく、フィンレイは三年前の事故のことを知らないのだ。
     しかし緊張するボクらを余所に、アポストロスは意外にも乗り気な様子で「ああ、一緒に乗るとしよう」と返事をした。
    「今度はオレがアポストロスの隣な!」
     胸を撫で下ろしたのも束の間、フィンレイがそんなことを言う。横目同士でエリサと目が合った。フィンレイがアポストロスと同じゴンドラに乗るのであれば、必然、ボクはエリサと同じゴンドラに乗ることとなる。
     正直にいうと、エリサのことは少し苦手だった。人の表情が分からないボクにとって、声は貴重な情報源だ。しかし彼女の声はいつでも完璧に作り込まれており、その本心は消して窺い知ることができない。
     そうでなくとも、ボクに十四歳の多感な少女の気持ちなんて分かりっこないのかもしれないが、それ以上に、彼女の声の向こうには何か仄暗いものが隠されているような気がした。
    「んー、エリサちゃんは乗らないで待ってるね。チュロス、食べ終わってないの」
     エリサの方もまた、可愛い子ぶりっ子の通用しないボクのことを敬遠しているような節がある。
    「そのくらい急いで食べられそうだけどなー」
    「ダメー、おっきいんだもん。下で食べながら待ってるから乗っきて。食べ終わったら、フィンレイ達が乗ってるところ、写真に撮ってあげるね」
    「そうか? じゃあゼノンは?」
    「……ボクも待っていようかな。少し疲れてきたからね。二人で乗っておいで」
     多少迷ったが、この歳になって一人で乗ってはしゃぐようなものでもないし、ボクも下に残ることにした。所定の時間エリサと二人になってしまうことには違いないが、それでも狭いゴンドラに押し込められるよりはだいぶマシだろう。
    「分かった! 二人とも仲良くしてろよ!」
    「んもう、何それ〜?」
     やがてスタッフの手を借りてアポストロスがゴンドラに乗り込むと、アトラクションが動き出した。見上げると、こちらに気付いたフィンレイが手を振ってくる。きっと隣のエリサも、完璧に作り込まれた笑顔で手を振っているに違いない。
     皆の理想のエリサ。
     ボクは彼女が必要以上にそれを演じているような気がしていた。ただ、何が彼女をそうさせるのかは分からなかった。
    「ねえ、エリサ」
     アトラクションが止まるまで無言でいるのもどうかと思い、何か当たり障りのないことでも話しておこうと呼びかけてみる。
     ところが、次の瞬間に彼女が投げ返してきたのは、とんでもない爆弾だった。



    「……アタシ、エリサじゃないよ」



     言われた意味が分からず混乱する。「エリサじゃない」? 確かにボクなら人違いを起こしかねないが、今目の前にいる少女は自ら「エリサちゃん」と称していたではないか。それにフィンレイやアポストロスだって──。
    「本当はお姉ちゃんの名前なの。『エリサ』っていうのは」
    「お姉さん? キミの?」
    「そう。今、十七歳。……三年前はアタシと同じ十四歳だった」
    「──三年前……」
     アルバムを見るアポストロス。内階段の女性。演じられた理想の「エリサ」──。
     確かな違和感を残しながらも今までは上手く噛み合わなかった複数のピースが、急速に組み上がっていく。
    「お姉ちゃん、この数年ですごく背が伸びたんだよ。顔も随分、大人っぽくなった。そしたらね、あの人に『エリサ』だって分かってもらえなくなっちゃった。あの人の中の『エリサ』は今も十四歳のままだから」
     ボクは、あの日骨董屋の内階段に佇んでいた女性のことを思い浮かべた。彼女は一体どんな表情で、アポストロスやボクのことを見ていたのだろう。
    「でもある日、あの人がアタシに言ったの。『エリサ』って」
    「……そうしてその日から、キミが『エリサ』になった……」
    「うん」
    「……分からないな。キミが彼の勘違いに付き合う必要はないはずだ」
    「アタシは『アタシ』でいることに、疲れちゃったんだよ」
     フェンスにもたれ頬杖を突きながら、エリサが──正確には「エリサ」を演じる少女が──こちらを見た。
    「気づいてるでしょ。アタシが学校に行ってないの」
     薄々勘づいてはいた。今日だって、学校行事で振替休日のフィンレイはともかくとして、普通に学校へ通っていれば平日の真っ昼間から遊園地になんか来られないだろう。
    「……アタシが『エリサ』でいる限り、学校に行かなくても居場所がある」
     どこかの子供が手を離してしまったのか、広場の方でアルミ風船が飛んでいく。その明るい赤と太陽の反射が、ひどく目に滲みた。
    「……エリサ…………いや……キミの本当の名は──」
    「いいよ、エリサのままで。アタシが『エリサ』やあの人に依存している間は」
     そろそろアトラクションが止まる。もうすぐフィンレイやアポストロスが降りてくる。
    「勘違いしないでね。いつまでもこのままでいいだなんて思ってないよ」
     本物のエリサですら三年で「エリサ」でなくなってしまったのだ。彼女が『エリサ』でいられるのもそう長くはないだろう。
    「ちゃんと自分でどうにかする。アタシの心はアタシのものだから。……あ、二人が降りてきた。おーい」
     エリサが手を振る。
     ボクもそれに倣って手を振ったが、頭の中では色々と考えていた。
     人間は皆、ままならない世の中で必死に生きざるをえない。あの骨董屋に集まる面々も、それぞれ何かを抱えながら生きている。
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    松島 月彦

    MOURNING【合作】バウムクーヘン【フリードとヒルダ】
    古林さんとロジウムさんに「合作しませんか?」とお声を掛けていだいて書いた小説の再掲です。後日この小説をお二方がそれぞれ漫画化してくださったのですよ……良いでしょう……ふふん。
    ◇ ◇ ◇

     滅多なことでは沈まない代わりに、一度沈んだが最後、浮上するのは難しい。
     だいたい自力では立て直せないことがほとんどで、今も昔も、私自身この性格があまり好きではない。
    「どこもおかしくないか? ピョン★」
    「フフフッ、バッチリきまってるよ」
     アイロンのきいたスーツを着込んだフリードさんは、今日は誰かの結婚式に呼ばれている。互いに騎士をつとめていれば共通の友人や仕事仲間も多いけれど、それでもそれぞれしか知らない友人もいて、今日はフリードさんだけがお呼ばれしたのだ。
    「飲みすぎないでね」
    「分ってるピョン★」
    「新婦さんの友達ばっかり見てたら駄目だよ?」
    「うーん、善処はするピョン★」
     ピカピカに磨かれたフォーマルシューズを履いたフリードさんが出ていくのを、宿舎の玄関で見送った。
     扉の向こうに見えた空はカラリと晴れていて、きっと素敵な結婚式になるだろうな、と思った。領地の端っこまで出張していっているエルドゥールさんたちも、そろそろ馬車が目的地まで着いただろう。
     今日は宿舎に非番の私一人っきりだ。
    「休日返上なんだけどね」
     騎士とはいえ実戦ばかりが仕事ではない。デス 1962