==登場人物==
エリヤ:仕事人間。変な店を見つける。霊感はないがよく好かれる。
テオくん:趣味人間。変な店で一番偉そうにしている。霊感があって嫌われる。
イサナさん:変な人。変な店の店主。霊感があってよく好かれる。
ルディくん:今回は不在。プリンを買いに外出している。霊感はないし嫌われる。霊が避けるので強い。
==========
俺がその店を見つけたのは本当に偶然だった。不摂生と過労が祟って職場で倒れて、長年の相棒にこっぴどく叱られたのが二日前。強制的に有給を詰め込まれて、しばらく職場に足を踏み入れるなと追い払われたのが昨日。
そして今日。仕事以外の日常の過ごし方を忘れた俺はふらふらと、気の向くままに散歩に繰り出していた。注釈しておこう。俺は仕事と趣味を兼ねている。仕事が続くことを苦しいと思ったことはないし、むしろ仕事をしているときにこそ生き甲斐を感じる。しかしまァ、それで倒れて迷惑をかけてしまった現状を思えば、この対応に文句も言えない。相棒が優秀で頼もしい限りだ。
ええと、それでなんだっけ。そうだ。生活感のない自分の家にも飽きて、何か小さくても刺激が欲しくて、俺は散歩に出かけたわけだ。
そして見つけたのが、その店だ。
外装は古い町家を連想させるような作りで、表に何を取り扱っているという看板はなかった。ただ『商い中』という古びた木札だけが下がっていて、俺の止めどない好奇心をたいそう擽った。
俺はちゃんと、果たして入って良いものかちゃんと考えた。今がランチタイムで留守にしている可能性はないか。ただインテリアでこの札を掛けているだけじゃないか。いや、でもそのいずれにしても、これをしまい忘れたほうが悪いしこんな紛らわしいインテリアを愛用しているほうが悪い。そう結論づけてしまえば、俺の行動は疾きこと風の如しというわけだ。
「おじゃましまァす」
一応何か取り込み中かもしれないという最後の配慮から控えめに声をかけて、建付けの悪い引き戸を開ける。結霜ガラス越しで不明瞭だった店内に、俺は思わず感嘆した。
籠もっていた空気が俺を通り抜けていく。まっさきに鼻孔にたどり着いたのは古い木と紙の香りだった。それもそのはずだ。中は壁一面が本棚になっていて、ちょっとの隙間もなく本が収められていた。真正面にも背の高い本棚がどっしりと構えていて、壁際と同じように本が所狭しと詰められている。
屋内は薄暗かったが、奥の方に僅かな白熱電球の明かりが見えて人の存在を教えてくれる。なんせ、俺の挨拶はガン無視されたから。
「誰か、いますかァ?」
大きい本棚とは別に、その後ろにも小さな本棚がある。その上に平積みにされた本を落とさないように気をつけて歩きながら声をかければ、カツンと立派な靴音と「おや」という穏やかな声が聞こえた。
「おいイサナ、あのプレートそのままなのか」
「テオさんが入ってきたときに回収して来てくださいって前言ったじゃないですか」
「客にやらせるな。そんなこと」
「じゃあ誰もやりませんよ。わざわざ出るの面倒ですし」
声と明かりの方へ向かうと、少しだけ視界の開けた先に人影がふたつあった。
「まぁ来てしまったものは仕方ありませんし、おもてなししましょう」
たおやかな声の方は椅子に座ったまま、ゆらりとこちらを見た。
「どうせ変なやつしか来ないんだろう。無理難題じゃないと良いが……」
そして何だか聞き覚えのある声の主はポニーテールに結わえた赤髪を揺らしながら振り向いた。というか、ふたりともそういうことは大声で言わないほうが良いと思う。あとで親切心から教えてあげよう。
少し微笑んでいるかのような瞳と目が合い、それからキツめの瞳に睨まれた。そこで思わず声がもれた。
「え」
俺の声と、そのポニーテールの人もといテオくんの声が重なる。
「うそ、テオくん?」
「エリヤか? 奇遇だなこんなところで。さすが。やはり変わったやつが来たな」
テオくんはさりげなく人を煽る天才だ。本人にその気はないのだろうが、毎度なんてこと言うんだとムッとなる。怒るなんて大人げないことはしないけど。
「おや、お知り合いなんですか?」
店主みたいな胡散臭い人が俺たちを順番に見遣る。改めて見ると煙管でも吹かしていそうな出で立ちだった。スタンドカラーシャツにループタイをつけて、和装に似た羽織物を肩にかけている。ひと昔前の小説にでも出てきそうな人だ。
もちろん、俺ではなくテオくんが疑問に答える。
「ああ。コイツはエリヤ・サマーフィールドだ。少し前にニュースになった発明家……いや科学者か?」
「ふむ……何だか聞いたことがあるような気がします」
「だろうな。俺にとっては新進気鋭の資金源だ」
「うわテオくんサイテー。そんなこと思ってたの?」
勢いのまま口を挟めば、テオくんは楽しそうにふわりと笑った。
「お前も、俺たちが資金源だろ?」
「ぐ……そうだけど、それとこれとは話が違うでしょ……人のことなんだと……」
「良い意味で金のなる木だ。良い意味で」
「二回重ねると胡散臭いんだよォ……」
「テオさんはこの新進気鋭の資金源のパトロンなんですか?」
「俺がというよりは父が。それで何度か会ったことがある」
「ああ、なるほど」
テオくんの家はたいそうな資産家だ。ディレッタントなんて今日日聞かない職をテオくんは名乗っていて、その一代分限たるテオくんのお父様と研究の資金に常に飢えていた俺が偶然出会えたことはまさに青天の霹靂というものだったんだろう。おかげで危ない橋を渡る生活に終止符を打つことができたんだから、俺はエーベルヴァイン家に頭が上がらないわけだ。
お父様になぜか「息子と仲良くしてやってくれ」と言われたことはテオくんには秘密だ。言ったら子供扱いをされていることに頬を膨らませそうだから。
「まァ、そういうわけで俺はしがない天才発明家なんですけど、あなたは……」
「おやおや、こんなに驕傲な自己紹介は初めてですが聞いてしまったてまえ、名乗らないのも失礼ですね」
線の細い男は呆れとも違う含み笑いを見せたあと、俺に視線を向けた。目を合わせることが壊滅的に苦手な俺は、失礼だとは知りつつも一秒だけ耐えて視線を彷徨わせた。男はそのことは気にしなかったようだった。
「私はイサナと言います。イサナ・M・ハーマン。お好きなように呼んでください。エリヤさん」
「どうも。ええと、じゃあ、イサナさん。ここって古書店、とかなんですか?」
握手の代わりに小さく頭を下げてから、俺は周囲の本の山を見る。詳しく見ないと何とも言えないが、結構な年代物が眠っていそうな山脈は室内を満たしている。がんばって探し続ければ、俺が長年探している資料もありそうだと思った。見つけるまでに骨が何本折れるかと言ったところだけど。
「ええ、まぁ、そんなものですね。売ってもいますが、見ての通り希望のものが見つかるかは運次第ですが。後は……」
イサナさんはそこで一度言葉を切ると、テオくんの方をちらりと見た。テオくんは古そうなティーカップを口もとに運んでいたけど、同じように一度それをやめて「構わないと思う」と言った。
「お前とは違うタイプの知識人だし、それなりに体力もある。戦力になるんじゃないか?」
「なるほど」
「……何の話?」
「この店のもうひとつの仕事の話ですね」
「もうひとつ?」
イサナさんはあまり仕事熱心には見えないけど。というか今テオくんに褒められたかもしれない。そのことを確認しようとする前に、イサナさんは胡散臭い笑顔でこう言った。
「何でも屋、なんですよね」
ディレッタントの次は古書店に何でも屋。本当に今日日聞かないなァそんな職業。イサナさんとテオくんが何か注釈をいれていたけど、一旦スルーしておいた。
(本当はまだ続く予定だった)