ハロウィンとか相談所(22) そのまま何事もなく数日が経った。
いや、何事も無かったわけではない。市内のあちこちには魔法陣らしきものが出現し、調味市は今ちょっとしたオカルトブームだ。
「異世界転生か!?」
「学生のイタズラと思われ…」
「市外からも人が押し掛け賑わっています」
と連日ネットを賑わしている。
そのうちいくつかは霊とか相談所に相談ごととして持ち込まれ、霊幻たちが出向くことで解決してきた。魔法陣は超能力あるいは霊力で簡単に消すことが出来たからだ。
その日も商店街のシャッターに一晩にして魔法陣が現れた!と電話があり、急いで霊幻たちは駆けつけた。しかし、それは単なるスプレーによる落書きだった。
「これ…超能力で消せるあれの方が…楽だったですね…」
「くそ…なんで俺様まで…」
現場には霊幻、芹沢、それに吉岡の体に憑依したエクボがいた。バケツに汲んだ水にデッキを漬けて、せっせとシャッターを掃除している。
「どうせ一日俺に張り付いていなきゃいけないんなら手伝え!」
「おかしいだろ!?こいつが言われてるのはお前の警護であって掃除の手伝いじゃない!」
「掃除じゃない、除霊だ!」
二人の不毛な言い争いを放っておいて、芹沢は黙々と体を動かしていた。
「霊幻さん。こっち、あらかた落ちました」
「おお、お疲れ!エクボ、遅いぞ!」
「やってるっつーの!」
「それにしても…」
芹沢はバケツごとエクボの横に移動してくると、シャッターをごしごし擦り始めた。
「その人は何で毎日相談所に来てるの?」
「言ったろ。こいつの警護を市長から頼まれて」
「それだよ。何から霊幻さんを警護してるの?」
「さぁ…?」
「最近起きてる怪現象から守るためなら、霊体のエクボでも出来るだろ?その人自身には霊能力も超能力も無いんでしょ?」
「そうなんだよな」
「どうしてもその人でなければならない理由があったのかな?」
ここ数日何度も繰り返した会話だった。
なにせ本人も依頼内容をよく分からないまま引き受けているのだ。しかしあの報告書といい、考えれば考えるほど市長というやつが怪しい。一度軽く洗脳でもかけて問い質してみるか…とエクボが考えてる時だった。
「エクボ!手を動かせよ、終わらないだろ」
「だから、お前の手伝いじゃないっつーの!」
警護されるべき当人が一番他人事なのだった。
それから小一時間後、文句を言いながらも男三人が手を動かすううちに、シャッターはすっかり元通りになった。
「ふぅ…完璧だな」
「霊幻さん、このバケツの水は?」
「ああ、ここで流すな、向こうの排水溝に行って流して来てくれ」
「はい」
「よし、エクボはそれ持ってこっちに」
三脚やらブラシやら洗剤やらをまとめて、倉庫に運ぶ。中には商店街が祭りで使う季節物の飾りものや掃除道具が放り込んである…はずだった。
「え?」
道具を取りに来た時にはただの倉庫だったはずだ。だが、そこは何もない真っ白な空間になっていた。
二人の後ろでドアがバタン、と閉まる。
「霊幻!やべぇ!」
エクボがドアに取り付いた時にはもう遅かった。ドアは固く閉じられ、エクボの馬鹿力をもってしてもビクともしない。
「なんだこりゃ、閉じ込められた…?」
「芹沢!そっちから開けてくれ!芹沢!」
大声で叫んでも助けは来ない。
「霊幻、携帯は!?」
「ダメだ、繋がらない…!」
ここがただの倉庫で誤って鍵が閉まってしまっただけなら何とか出る方法はあるはずだった。
だが、そこは明らかに元の倉庫とは違う、異空間だった。
元のスペースの大きさを無視した広い空間、天井も床も壁も真っ白だった。
「なんだ、これは…?」
霊幻は足元に転がる瓶を拾い上げた。それは何かの薬瓶のようだった。
「霊幻…あれ、見ろ」
さっき部屋を見渡した時にはなかった張り紙のようなものが、壁に張り出されていた。何か文字が書いてある。エクボと霊幻はそれを覗き込んだ。