ハロウィンとか相談所(39)昭和な表現で開始宣言をされた二人だったが、そこで唇が離れてみれば。
部屋の蛍光灯は燦燦と白い光を見せ、ムードも何もあったものではなかった。間接照明で優しい明かりにでも包まれ、更にベッドには糊の掛かった清潔なシーツでも敷かれているなら当然のことながら盛り上がった事だろう。しかし霊幻は独身もうすぐ三十路に差し掛かるお年頃。
しかもエクボへの思いを自覚してからは女の気配ゼロで、ここしばらくこの部屋に出入りした者はいない。途端に現実が二人の前に姿を見せた。
「なあ、エクボ…抱いてやるってお前さ…言う事が昭和の男なんだけど」
「んだと!回りくどい事言って後回しにするよりはストレートでいいだろうがよ!」
「いや、今この令和の時代にスパダリ様狙ってもぉ~エクボさんってば」
「何を!俺様は最高にいい感じでお前さんに告白したんだぞ!」
「分ってるけど…普段の緑の人魂がさあ、スパダリ顔して今夜抱くって言ってんのかと思うと…」
霊幻は自分で墓穴を掘るタイプである事に早く気付くべきだ。緊張がピークに達するとシリアスな場面でもつい、茶化してしまう事にも。腹を抱えて笑い始めた霊幻に、当然ながら怒り心頭となったエクボが憑依を解く。
「え、あれ、エクボさん?あの?」
「スパダリだが何だか知らねえが、お前さんが人間の姿がいいと思ったから吉岡に頼んでこれ借りてきてんだぞ。そうか、お前さん人魂よりこっちがご希望か?ああ?」
霊幻の目の前には久々に見るエクボのフルパワーモードの緑の巨人姿。
異形そのものの体躯の緑の大男の太い指が霊幻の顎を掴んだ。黒々と光る艶やかな爪に囚われた霊幻は哀れな子兎にすぎない。
「エクボ…そういやお前の本体ってこれだっけ…」
「普段は省エネモードでこっち見せんの久しぶりだなあ?まあお前さんの初めては人間の姿してる方がいいだろうし、ずっとあいつの身体で付き合ってきたから馴染みもあるだろうがよ。もともと俺様はこれなんだぞ」
緑の異形は大きな口を開けて笑う。
「俺様は人間じゃない。悪霊だ。違う世界が何であろうが関係なく、お前さんに聞くぞ。それでもいいのか?」
エクボの言葉に霊幻は小さく頷く。
「もう、それについては何百回、何千回と考えて答えを出したんだ。混ぜ返さない。俺はエクボと居たいし、好きだ。もうずっと前から」
「…そうか」
「ただ、俺の、その、尻の準備がですね、人間サイズで考えていたので、エクボのフルパワーでだ、抱かれる、事は」
緑の男の股間は生えるべきものがない。筋肉も血管もないつるりとした姿であったが、もしこれに体格に見合ったものがついていたとしたら間違いなく尻が裂ける。
「安心しな。こっちに戻ってやる」
緑の巨人姿から憑依姿に戻り再び人型に戻る。
「俺、あっちのエクボも勿論カッコよくてすごい好き。どんな姿でも」
「そうか。お前さんが俺様の本体でも問題ないって言うならそこは安心したが、正直霊体のままだと性欲を感じにくい。そこは人間の欲に引っ張られる方がいいんだろうよ」
そのうちあっちでも抱いてはやるがな、と霊幻の耳元で囁くように言葉を掛ける。
「仕切り直しか?」
「笑ったら腹減ったな。何か食う?カップ麺…あ、切れてる」
「おー、そーいや晩飯軽かったな。コンビニ行くか?」
蛍光灯の下では現実が戻ってきていた。
二人の男は顔を見合わせて笑う。同時に霊幻の腹が小腹が減ったと訴え鳴き始めた。
「とんだ誕生日になったな」
「全くな。…まだ日付変わってないぞ。おい、こっちこい」
時計の針があと30秒で10月10日に変わる。
エクボは霊幻の身体を引き寄せると有無を言わさずまたその唇を吸った。
「ん、う、う」
また深く重なったキスに霊幻も素直に従う。これで何度目になるか分からないが、何度重ね合わせても飽きる事がない。心に幸福が満ちて、どこまでも身体と共に広がってゆく。
カチリ、と針が重なった瞬間、唇が離れた。
目と目を合わせて、霊幻は目の前の男の目の中に宿る緑の炎を確かめ、エクボは丸い金茶色の目の中に自分が居る事を確かめる。
「霊幻、誕生日おめでとう」
「ありがと」
最高の誕生日だ、と互いに心を誓い合う。
そうして再び二人が唇を合わせた時。
二人の背後で再び魔法陣が開く気配が聞こえた。
「おめでとう――――!!!!」
二人は背後を振り返らなかった。
自分たちと同じ顔をした世界の者たちが勢ぞろいで集まって来ていた。
もう会わない、と言っていたはずの呆れ顔の緑の帽子屋もちらりと姿が見える。
最後までくっつくくのが遅れた世界の鍵に祝福を贈る為に集まった者たちの顔は輝き、心からの笑顔を見せていた。霊幻の部屋には紙吹雪と花が舞い踊っていた。
狭い1DKの中で。
結局この日霊幻の尻は本人の努力虚しく、エクボに開発される事もないまま集めたグッズは紙吹雪の山と共に全てゴミに出される事となった。