ハロウィンとか相談所(36)「あの、私どもは一体どうすれば」
島崎とテルの後ろから市長のつるりとした頭が現れる。実は市長、『上』の者たちからこっぴどくお叱りを受けていたのである。資料として渡されたエクボの写真を吉岡と勘違いし、霊幻とカップルにさせようとしていた事で、調査とこうした怪異の出現する世界に対する理解が極めて低いという危機管理能力の低さを露呈していた。
「そういえばまだ残ってましたよね。ハロウィンコスプレの特別審査員」
テルの言葉に全員が忘れてた、という顔をする。そもそも最初はここから始まったのである。今となっては有名無実ではあるが。最初の依頼は報酬も支払うという話だったので霊幻も引き受けた仕事であった。それが何故か吉岡(一般人)の護衛付きという妙な具合になっていたわけではある。
「まあそれは引き受ければいいんじゃないか?」
エクボの提案に、霊幻は胡散臭さ100パーセントの笑顔を張り付けて市長の前に向き直った。
「そうですね、市長さん。我々は身を挺してこの世界を救いました。そして勿論、当初依頼をいただきました特別審査委員長は務めさせていただきます!この霊幻新隆、世界を救う役目もですがこの依頼引き受けました!」
「いや…それなんですが…。吉岡さんへの報酬で予算を使ってしまっておりまして…。当方としてもお二人がカップルになって世界を救っていただく事が目的で、そのハロウィンイベント自体には期待しておりませんので」
市長の頭がさらにツルリとシャンデリアの光を受けて輝く。なーんだ、と肩を撫でおろすテルと興味なさげにしている島崎。そして報酬のアテが外れた霊幻を他所に、エクボの内側から声が掛かる。
『終わった?俺もう護衛とかやんなくていいの?』
『…お前さんの報酬はちゃんと保証されたから安心しな』
終始眠りっぱなしだった吉岡の呼びかけにエクボが答えた。結局この騒動でトクをしたのは仕事にありつき、そこそこいい実入りを得た吉岡だけのようだ。人権はないが。
「では世界は救われた、という事で今回こちらからの依頼は終了となりますがよろしいでしょうか?お二人のご活躍でこうして調味市だけではなく世界が救われたという事で、調味市を代表してお礼を申し上げます。いやー助かった、助かった!」
最初に事務所に来た時同様、霊幻とエクボの手を握りしめてヘッドバンキングと共に握手する市長に霊幻も何も言えない。結局、市長は全て上から命じられただけの事で、つつがなく解決したと報告さえ出来れば霊幻たちの事などどうでもいい話であった。
「…あー…それじゃ、僕たちも…そろそろ失礼…します、ね」
「まあ今後このような事が起きませんよう、市長は危機管理能力を高めておいた方がいいですよ」
解決に至った事で部外者となったテルと島崎がシュン、と姿を消す。テルは今回の件で超能力を更に飛躍させたようだ。
後はこの会議室にも用はない。結局霊幻は報酬を諦め、帰路に着く事となった。
市庁舎を後にすれば辺りは夕闇が迫っている。
もう誰の邪魔も入らない。世界は均衡を取り戻し、悲しいすれ違いをしていた者たちはようやく自分を取り戻し、互いの愛を誓った。
夕暮れの街はのんびりとした空気が漂っている。微かに聞こえる駅前の商店街の喧騒やすれ違う小学生たちの平和な声。本当にこの世界に危機が迫っていたのか信じられない程に、変わらない風景があった。二人の男は肩を並べて歩き出す。
「…エクボ、俺んち来る?」
そして、二人にはまだこの物語の続きがあった。円環の世界、どの世界でも出会い、愛し合い、別れてきた二人が元に戻る為の最後のピースを繋ぐ為に。霊幻もエクボも、もう黙ったままではいられない。
「あー、吉岡一旦返してからの方がいいか?」
「…出来たら、その、」
霊幻の手が控えめに伸びてエクボの手を握る。
『俺今日と明日お休みだからー。ゆっくりしてていいよー』
『吉岡っ!!』
『本当お前は最後まで鈍いし、素直じゃないし、一番最後まで実は時間掛かるんじゃない?明日は所長さんの誕生日でしょ。こういう時はねえ、日付またいで一緒に居るってのが恋人同士だろ』
『…いや、それはだな。お前さんの身体を借りるって事は』
『俺疲れちゃった。スイッチ切るから。じゃ、お休みなさい。ごゆっくり』
―――吉岡、すまん。お前さんには今度いい酒でも奢るからな。
エクボの声に吉岡は応えず、頭の中の意識は完全にエクボ一人のものとなった。
霊幻の勇気に応えるように、エクボも手を伸ばす。
「今夜、俺様はお前さんと一緒に居たい。霊幻、お前の誕生日を二人で迎えたい」
「エクボ」
「帰ってから、言葉で思いを互いに伝えよう。そして、俺様は―――。」
夕日を背に受けた男の目が緑色に光る。依代の体を借りていても、唇の端を大きく釣り上げ自信に満ち溢れた雄の顔を見せるエクボがいた。だが目の端は朱を掃いたように赤く色づいている。
霊幻が初めて見る悪霊の恥じらいを含ませた目元に、心臓が大きく高鳴るのを感じた。
「お前さんを抱く。」