これでも付き合ってない二振【逢引予約】
じい、と音がするかと思う程見つめている。
先程から微動だにせず。
「な、なあ?大典太…?」
硝子ケースの向こうにある【もの達】も怯えている様に見えてしまうのは、俺の心情を反映している故だろうか?
「なあ、主…」
なんで、お前の声はそんなに低くこっちに圧を与えてくるんだよ。
こちら、わざとらしいくらい身体が震えたわ。
「な、なに…?」
「この店のこれは【あれ】の好みだと思う…。
主はどう思う?」
「えー…そうなの?知らな…」
どふ!!
背中に衝撃が走る。
ゴホゴホと咳き込んで隣を見ると、にっこりと笑みを浮かべた今日の近侍がいる。
柔らかくも落ち着いた栗色のおかっぱの髪の短刀。
「そうですね。では本日はそちらをお二振のお八つにされては如何ですか?」
「だが、確実に好みかどうかは確信が…」
じい、とまた音がするほど凝視され、硝子のショーケースの和菓子たちが確実に委縮している。
和菓子も付喪神になるんだろうか?
「じゃあ、二振でこっそり食べればいいじゃん?」
そう思いついたままに言葉にすると、硝子ケースから勢いよくこちらへと顔が向いた。
まるで人形のように首が180度近く回ったように感じるくらい。
「主…どういう事だ?」
更に低い低い声で問い掛けてくる大典太が恐い。
「え?えー…と、二振で内緒で味見しようって誘ってさ。美味かったら今度皆のお八つの為に一緒に買い物行こう、とか誘ったりしてー…?」
「主、それは【でーとのお誘い】というやつですか?」
暗い栗色の髪を持つ近侍、前田藤四郎に聞かれて、確かに、と思い至る。
「あー、そうなるのか…な?」
そうして前田と共に大典太の方を向くと、また人形のように固まっていた。
「で…で…」
「ああ、大典太さんには刺激の強い単語だったようです」
切り揃わない髪に隠されてはいるが、その首辺りがほんのり赤くなっているのが分かる。
顔に出ない大典太の感情は顔以外、首辺りや耳に出やすいらしい。
長い付き合いである前田から以前聞いた。
「よし!じゃあそうと決まれば二振分買って帰ろうか!そろそろ集合時間になるし!」
「そうですね、主君」
のろのろと動き出し、ぎこちないなりに生菓子を二つ購入した大典太は大事そうに包みを抱えている。
「さ、いこう」
そう声を掛け集合場所へと足早に向かった。
それぞれ買い物を楽しんできた他の刀剣男士達と合流する。
自分達以外の刀剣男士達の中には、大典太のいう【あれ】もいる。
大典太はその男士の隣に並び、俺たちの群れの一番後ろを歩いている。
相手も小さな包みを抱えていた。
近侍と様子を伺いながら歩き続けていると、つっかえつっかえながらも二振だけで皆で内緒でお八つを食べようと誘っているらしい。
それを文字で表現すると微笑ましく思えるが、
大典太が【あれ】と表現するその相手は、刀剣の横綱と称される【太刀】大包平だ。
二振とも190センチ近くの中々の大男が隣に並び、なかなかの至近距離で他には聞こえないようにコソコソと話している姿は、俺の目には結構シュールに映っている。
「主君はそういう色恋の機微には疎いようですね」
やれやれと溜息交じりに前田が仕方がないとでも言いたげな態度だ。
「…本丸に置いてきた、うちの雅先生みたいなこと言わないでくれる?」
うちの本丸の初期刀の歌仙は、雅過激派だ。
何の事象でも雅を結びつけてしまう感動屋でもある。
最後尾の二振を見るとお互いに大事そうに抱えていた包みの中身を見せ合っている所だった。
俺は知っている。
大典太だけでなく、大包平が持つあの包みにプリントされたロゴは、万屋街で人気の洋菓子の物だという事を。
お互いの包みの中を見あって、そうしてくすくすと笑い合う二振を見ると、ついつい、あの台詞が口をついてしまう。
「ねえ、なんであの二振まだ付き合ってないの?」