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    redapple555

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    【第一回典包Webオンリー展示作品】
    20:00②

    『月の宴・弐』

    ※平安パロ
    貴族な二振の雅なやりとり

    #典包
    packetOfFood
    #典包祭
    pawnshopFestival

    月の宴・弐【傾慕】



    宮中でも、帝が住まわれる棟から遠い所に建つのがこの陰陽寮だ。
    ここ数日は、宮中行事とやらで陰陽寮の上役達がそちらに出向いている。
    我々のように、政事に関わる貴族達に会うような機会のないただの一陰陽師達は皆この陰陽寮に詰めている。
    「大包平、お先なー!」
    にかり、と何時もの陽気そうな笑みを浮かべ同僚の一人が立ち上がる。
    「ああ、また明日。騒速(ソハヤ)」
    陽気そうな笑顔を浮かべながら寮を去っていく後ろ姿を眺めながら、
    ふとあの陽気な同僚とは真反対の性質を持つ兄弟の事を思い出す。
    ここ数日は宮中行事が続き、帝を守る役目を負った近衛の職についているその同僚の兄弟は、鬱々とした気配を振り撒きながら職務を全うしている事だろう。
    武官らしく、職務には真面目に取り組む奴だと、あれから聞いている。
    ただ、日に日に鬱々とした気配が濃くなり周囲に圧を与えていて少々鬱陶しい、とも。
    では今夜もここを訪れる事はないだろうな、そう思いながら届いた書簡に目を落とした。




    「……」
    鬱々とした気分は日々増すばかりで、本日も溜息を吐きながら宮中へ通うための門を潜る。
    本日も宮中行事は続く。
    帝が中心として執り行われる宮中行事なのだから、帝を警護する近衛も側に仕えていなければならない。
    宮中行事はただただ刻が掛かる。
    参列する公家達も帝も正装の束帯で臨むのだから、護衛の役目を担う近衛達も正装で参列しなければならず、こうして行事よりも数刻前から宮中へ登庁し準備を行わなければならないのだ。
    そして、今は大変忌々しいことに、自分の家の位が高く、更に自らの体躯も見栄えがすると言う理由で、帝の覚えが目出度いらしい自分が殆どの行事に駆り出されている。
    正装をさせられ、重い衣装をを身に着け、お飾りのような武具を身に着けさせられ、そうして最も目立つ位置に護衛として配置される。
    自分には、この腰に佩いた剣だけで十分だというのに。
    あの黒衣の男の目と同じ輝くような鋼色をしたこれさえあれば。
    「主上の御成りで御座います」
    そう先触れの声を聞き顔を上げる。
    紫宸殿の渡り廊下に幾つかの人の気配が増え、さらさら、と幾つかの衣擦れの音が段々と近付いてくる。
    帝が近づいてくる気配。
    いくら自分の家の格が高かろうが、自分自身はただの近衛の一人に過ぎない。
    殿上人である帝の顔は役目の最中であってもあまり見ないように気を遣っていた。
    さらさら、
    ふと音が止み、気配が止まる。
    自分は紫宸殿の庭に降り、渡り廊下とは反対の庭へと視線を送っている。
    そんな自分の頭上辺りだろうか、気配がある。
    「主上?どうされました?」
    自分の頭上から聞こえた従者の声にも、反応を返す気配がない。
    気分でも優れないのか。
    …では、今日の宮中行事は取り止めになるのだろうか?
    今日は、黒衣の男と酒を飲み交わしながら、一言二言会話をする刻くらいは余裕を持てるかもしれない。
    「おい」
    物思いに耽っていると、突然頭上から声が降ってくる。
    思わず振り仰ぐと、鶯色の髪を持った束帯姿の男が、こちらを楽しそうに見下ろしていた。
    その男の上半身を包む袍地の色は白。

    その色は【禁色】だ。

    帝以外は身に着ける事を禁止されている色。
    すぐさま身体をそちらへ向け、同時に頭を垂れる。
    主上はその見目から【鶯様】などとも呼ばれていたことを思い出した。
    「…」
    「ああ、構わんぞ三池の。とって食ったりなどしないさ」
    それにお前は不味そうだしな、
    そんな言葉が頭上から降ってくる。
    「……」
    更に言葉を待つと、ふ、と笑う気配がした。
    その気配にまた、あの陰陽寮にいるだろう鋼の目をした男を想う。
    「連日役目ご苦労。…なに、お前の顔が見たかっただけだ」
    さらさら…、衣擦れの音が聞こえ気配も遠くなる。
    そろり、と顔を上げると白い袍衣は立ち去っていく所だった。




    自宅である屋敷へと戻る。
    明日もまた行事は続く。
    溜息を一つつき、屋敷に仕える女房に酒と肴を持ってくるように告げる。
    堅苦しい衣を脱ぎ捨て、直衣姿のままやっと一息ついていると、
    「兄弟」
    久し振りに聞く声が、蔀の向こうから聞こえる。
    「少しいいか?」
    「ああ、構わない」
    そうして戸を開くと、そこには騒速(ソハヤ)が酒と肴の入った器をもって笑っていた。
    「どうだ?陰陽寮は」
    少し濁りのある酒を、互いの酒器に注ぎ合い、折角だからと蔀を一部開き夜の庭を眺めながら話をすることにした。
    今夜は月も随分と明るいため、屋敷の庭が美しくよく見える。
    流石に宮中程ではないが、この庭も手入れが行き届き美しい物だとは思う。
    それに、幼い頃にここで騒速や他の子らと遊んだ思い出もあるからか、自分には一番思い入れの強い庭だ。
    「やっと慣れてきた、て所かなー?そんな兄弟は?毎日近衛の務めが大変そうだな」
    「この月が終われば…行事も一段落つく…少しは楽になるだろう…」
    「思ったよか、疲れてんなー」
    「そういう兄弟は陰陽寮の奴らとはどうだ?…まあ兄弟ならその辺りは俺よりも上手くやりそうだから心配はしてないが」
    「あー大丈夫大丈夫。包平、…俺は大包平って呼んでるんだけどな、そいつが色々面倒見てくれるからさー」
    「…そうか」
    「けど、その大包平も最近何となく覇気がないんだよなー。務めは何時も通り、そつなくこなしてるんだけど」
    「…そうか」
    その後は、家の事やそれぞれの務めの事について少しだけ話を交わし、互いに明日も務めがあるだろうから、と騒速の気遣いから早々にお開きとなった。
    そうだ。
    明日も、日が昇りきる前には、宮中へと向かうあの門を潜らないとならない。
    少しは休んだ方が良いことは経験上分かっている。
    それでも、騒速からあれの名をふいに聞いてしまうと、あれの顔を、声を、香りすらも、自分の中で薄れてしまっている事に焦りを感じてしまう。
    あの黒衣の陰陽師と会わなくなって幾日が過ぎているのだろう。
    たった数日なのか、もう何ヶ月も過ぎているのか、日の感覚も分からなくなってきた。
    あれに焦がれすぎて。
    一目、
    一目でも見れたら。
    あの刀のような煌めく鋼の双眸で、自分の姿を捕らえられたら。
    それで、自分は満足するのだろうか。
    「…」
    むくり、と床から起き上がり、外へと声を掛ける。

    「誰か、急ぎ宮中へと向かう。支度を」




    宮中は深夜であろうが火急の用などに備えるために、門に錠が掛けられる事はない。
    門兵へ自分の家の名と、自らの身分を名乗ると、呆気なく踏み入ることができる。
    足は近衛の詰め所ではなく、宮中の最も外れの建物へと向かっていた。
    何時もその建物の蔀からは、灯りが漏れている。
    あれの住まいは、そこなのではないかと思ってしまう程、常にそこにいる。
    「…いるか?大包平」
    戸の前でそっと声を掛けると、中からふ、と密やかに笑う気配が漏れてきた。
    「入れ、大典太」
    戸を音をたてぬように、ゆっくりと開き身を滑り込ませる。
    そこへと踏み込むと、陰陽寮らしく紙と墨の匂いが鼻をくすぐる。

    ああ、やっとここに来れた。

    「明日も宮中行事は続くのだろう?」
    「…ああ、それでもあんたに会いたくてな…。
    それに、俺の中であんたが薄れていく事が耐えられなかった」
    「相変わらずせわしない奴だな。
    そんな戸口で立ったまま口説こうなど、情緒がない。
    …だが、折角だから付き合え」
    黒衣の陰陽師の前には酒器とつまみの器がある。
    もう一つの白杯を袂から取り出し、とん、と自分側に置かれた。
    その杯を目印にして、その男の目の前に座る。
    刀を自分の利き手側の床にそっと置き、相手を真っすぐに見つめた。
    その男も、真っ直ぐに自分を見つめ返してくる。
    柔らかく薄い笑みを浮かべ、鋼のような色の目には自分の姿が確かに映っている。
    ああ、自分がずっと焦がれていた光景がそこにはある。

    「…君がため惜しからざりし命さへ
    長くもがなと思ひけるかな」

    つい、そんな歌が口をついた。
    「…ほう」
    黒衣の男は懐から檜扇を取り出し、口許を隠す。
    「また、いのちか。
    お前はすぐさまこちらへの想いを、自分の命と計りにかけようとする」
    「…武官だからだろ」
    そんな戯れの遣り取りよりも、この自分の想いを真正面から受け止めてほしいし、返歌を求めるのは重いだろうか。
    ふと、口許を隠していた檜扇は下され、表情が顕になる。
    「そうか、…そこまで想いを向けられ悪い気はしないな」
    すう、と筆を引いたように浮かぶ笑みで、今日はここまでなのが分かる。
    それでも、『さあ立ち去れ』という気配は、今夜の蘇芳の男からは感じることはなかった。
    「今日は、良い夜だ」
    心からそう告げて、そうして杯に注がれた酒を口に含む。
    「…そうか」
    相手も、静かにそう返し杯に酒を注いでいた。




    【意味】あなたのために命も惜しくはないと思っていましたが、
    会ってしまうと少しでも長く生きたいと思ってしまうのです。

    詠み人:藤原義孝(後拾遺集より)


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