お前ネロ夢小説(現パロ、恋すら起きない)白い段ボールを開けるのもだいぶ慣れてきた。キャベツを手に持っては、ダメになった葉を剥がしていく。玉ごと棚に乗せるのもあれば、4分の1だけ並べることもある。商品の下拵えにもやっと慣れてきたな。
なんて事のないどこにでもあるような商店街、昔から見てきた光景。店だけはどんどん入れ替わるが、昔馴染みの店はなんとなく残ってるような、郊外のよくある風景。
それが嫌で高校の時は「都会に行ってやる!」なんて親父とよく喧嘩したもんだが、結局夢破れてなんとやら。三年も持たずに帰郷した。都会はオレみたいなちっぽけな人間にはデカすぎて、あまりにも自由すぎて、地に足がついていないとどこかに飛ばされてしまいそうな、そんな不安感に潰されそうだった。
そんなオレを慰めたのは高校の時調子に乗って乗り始めたバイクだった。何もない対向車もいない道を走ってると余計なことを考えずに済んだ。流れる自然の風景が都会のプレッシャーに押しつぶされそうだったオレを風にしてくれた。
そんなこんなで結局実家に帰ってきて八百屋の弟子をしている。包丁の使い方もだいぶ慣れた気がするが、まだまだカボチャを切るのは怖い。
こうやって自分ちの仕事をやってみると、いかに親父が職人でコミュ力のお化けだかわかる。町内会でも友人が多い親父はよく「いっぱい友達作れよ。きっとお前を助けてくれる。お前の支えになってくれるからよ」と言っていた。オレは小学生の頃からたくさん友達を作った。でも今でも連絡を取り合うのは片手で数えられるほど。薄っぺらくて寂しい。年賀状のメッセージも年々少なくなるほどに、そのうち孤独になるんだろうなとぼんやり思った。
朝起きると、染めた髪の根元が黒くなり始めていた。
親父が軽トラで配達に行くというので、オレもついて行くことになった。そのうち配達はオレの仕事になるだろうから、免許取らないと。
行く先々でも親父は人気者で、客との話が絶えない。オレは野菜を卸したあと、助手席で客と楽しそうに会話をする親父の横顔をぼーっと見ていた。
オレに親父の跡が務まるだろうか? 一ミリも自信がない。あんな風に世間話できない。話すネタがない。ガキの頃どうやって話題を切り出してたっけ? テレビ? ゲーム? 今じゃ全く縁がない。好きなことといえば単車くらい———。
「じゃ、次行くぞ。次が最後だ。新規のお客さんでな、若いにーちゃんだよ」
「珍しーな。そんな人もここら辺に住んでるんだ?」
「最近越してきたって言ってたな」
なんて物好きだろう。そんな他愛無い話をしながらトラックは数分で目的地に着いた。
小さな店のような、いや看板がなかったら店にも見えないかもしれない。
「ごめんくださーい」
親父がドアをノックすると奥から「はーい」という声が聞こえてきた。前掛けエプロンで濡れた手を拭きながらキッチンから出てきたのは、秋の麦畑のように綺麗な瞳をした若い男だった。
「野菜届けに来ましたよ。どこに置いときやしょうか?」
「あー、じゃあ奥に運んでください」
彼は申し訳なさげに笑う。人が良さそうだけど、どこか壁がありそうな人。
店の奥に入ると今まで下拵えしていたであろう、野菜や包丁がキッチンに置かれていた。
「料理屋なんすか?」
オレが何気なく尋ねると、彼は眉を下げた。
「あー、いや、食堂やろうと思ってさ。まだ準備中だけど」
「じゃあネロさん、ここに置いときますよ」
「どうも」
オレたちが野菜を卸して帰ろうと店を出ると、隅に日差しを反射した単車がこちらを見ていた。
「バイク乗るんすか!?」
思わずオレが声を弾ませると彼は困ったように笑った。
「ああ、昔よく乗ってたんだ。俺一人だし車は持て余すから今でも移動はこいつで」
そこまで大きくはないが、ちゃんと手入れされている。ゴツさよりも身軽さがあり、それぞれのパーツは年季が入っている。本人の実直さが出ているような相棒。
「アンタも乗るのか?」
「あ、ハイ! オレのは中古なんすけど、」
興奮してスマホの写真を見せる。彼は「かっこいいバイクだな。アンタに合ってる」と言ってくれて、久しぶりに胸が熱くなるほど嬉しかった。
「あ、あの! 店がオープンしたら食いに来ていいっすか!?」
紅潮したオレの顔を見て、彼は申し訳なさげに少し口籠った。
「悪い、ここ子ども食堂になる予定なんだ」
「こどもしょくどう?」
聞いたことあるようなないような。要するに大人は行けない……?
「ネロ!」
幼い声が叫んだ。振り返ると、全身を土で汚したボサボサの小学生が太陽を背に仁王立ちしていた。
「見ろ! 最高にかっこいい棒見つけたぞ! これはアーサーと集めたどんぐり!」
「はいはい、わかったから早く手と顔洗ってこい、シノ」
シノと呼ばれた小学生はオレの顔をじっと見た。
「誰だお前」
「えっ」
めちゃくちゃ馴れ馴れしい物言いに思わず怯む。
「卸業者の人だよ。この前のカボチャパイの野菜とか届けてくれてる」
「ふーん」
シノはしばらくオレの顔を見ていたが、飽きたのかランドセルの蓋をパタパタさせながらネロさんの足に抱きついた。
「今度ヒース呼んでもいいか? お前の料理食わせたい」
「え? ヒースってお前のクラスの金持ちの坊ちゃんだろ……。おい待てシノ!」
一方的にいうだけ言って、黒髪の子供は店の中に消えていった。バツイチかぁ……。
「……お子さんいるんですね。大変そうっすね」
「ああ、違う違う! 俺は独り身であいつは孤児だよ。孤児院にいたけど馴染めなかったんだ」
だから引き取ったのだろうか、優しい人だな……。
「あんたらの店の野菜はいい野菜だよ。また頼む」
そう言って去り際に残した顔は、夕陽に照らされた優しい、慈しみのある微笑みだった。
親父に急かされて助手席に乗った時も、彼に目が離せなかった。トラックが動き出した時、一瞬だけ見えた腕の百合のようなタトゥーが脳に焼き付いて離れなかった。
孤児と一緒に暮らす優しい料理人。タトゥーとバイクは彼の過去だろうか? 彼はどこから来たのだろう。どんな顔で料理を作るのだろう。
「ともだちに、なりてーな……」
自室のベッドで天井を眺めながら、無意識に本音が溢れた。