「僕も持とうか」
食材でいっぱいになっているネロの両手を見て、ファウストは言った。
引きこもりのファウストがわざわざネロの買い出しについて来たのは、単なる気まぐれ──と、いうことになっている。気まぐれだよ、と言ったファウストにネロはそれ以上追及してこなかったし、実際のところはファウストにもよく分かっていなかった。
「ああ……悪い、ありがとな」
柔らかな笑みを浮かべたネロから、いくつかの袋を受け取る。魔法を使えばファウスト一人でも難なく持てる量だが、街中で不用意に目立つのは面倒だった。
彼らが暮らすために必要なだけの食材は、魔法舎へ直接運ばれてくる。それでもネロは、こうして市場へ足を運んで目利きすること自体を好んでいた。
「ずいぶんと買い込んだな。いつもより多いんじゃないか?」
「しばらく天気が荒れるらしいからさ、念のため」
ネロがおつりを受け取りながら答えると、その言葉に反応した店主が慌てた様子で空を見上げた。
「お兄さん、そりゃ本当ですかい」
「……あー、ええ、まあ。聞いただけなんで、本当かは知りませんよ」
あの双子の予言だから外れることはないだろうが、と考えながらファウストは受け取った荷物を整理した。ネロはそれなりに世間話の類いもできるはずだが、待っているファウストを気遣ってか返事は鈍い。
「いやー良いことを聞いたよ! お兄さんありがとうね、これおまけだから」
そそくさと立ち去ろうとするネロに、店主がさらに真っ赤なリンゴを三つ四つと袋に詰めて手渡した。
「ははは、どうも……」
曖昧に笑ったネロは、ひらひらと手を振って店から離れる。
「良かったな、立派なリンゴじゃないか」
「ん、まあな……こういうのはありがたいし嬉しいんだけど、気さくすぎてちょっと疲れる時もあんだよな」
ふうう、と長いため息を吐いて、ネロは首を回した。しみじみと頷きながら、ファウストは隣を歩く。生まれは違えど東の魔法使い二人、騒がしすぎるのは苦手だった。
「こないだなんか気がついたら、踊ってた連中に絡まれて……踊れねえから勘弁してくれって慌てて帰ったけどさ」
「ふふ、少しくらい踊ってやれば良かったじゃないか」
「いやいや……無理だって……もしかして先生は踊れんの?」
「踊れる、と自分で言うほどではないが、そうやって巻き込まれたら踊れるくらいではあるな」
踊る気があるかはともかくね、と、ファウストは微笑んだ。ネロはそれを聞いて、ぱちぱちとしばらく瞬きをした後、何やら呻いたり唸ったりした。
「結構あんたも中央の仲間ってことか……」
「そういう問題か……? 君だって、何か良いことがあったら皆で酒を飲むような、そういう経験はあっただろう」
「魔法舎で?」
「魔法舎でも、それ以外でも」
「まあ、あるけどさ」
「それで良い気分になったら、楽器を弾いて歌を歌って、思ったままに動くんだ。難しいステップなんて知らなくても問題はないよ」
ファウストの脳裏に、あたたかな焚き火がちらちらと光る。少しネロをからかうだけつもりが、余計なこと話しすぎた。
「ファウスト?」
「……、」
不用意に過去の記憶を掘り返したことで唐突に複雑な表情になったファウストに、ネロは苦笑して一つ提案をした。
「なら、先生が教えてよ。俺が次に市場に来た時に、踊りに誘われても困らねえように」
「僕が、きみに、踊りを?」
「そう。可愛い生徒の頼みってことで、ひとつどう?」
「……いいよ、そこまで言うからには踊れるようになるまで補習させるから、覚悟しておくように」
「えー……うーん……、わかったよ……」
ネロはしばらく不服そうな顔をしてみせた後、笑って頷く。
「満点取れたら一緒に踊ってくれよ、先生」