オモイビト一日の公務を終え自室に戻ると、艶やかな黒髪の後ろ姿が目に入った。
「邪魔してるぞ、ジェフリー王子」
ソファに座ったまま、振り向く彼女の名前はスザンナ・ランドール。
最も信頼できる相棒であり、最大の協力者、そして俺の婚約者でもある。
「やあ、来てたんだね。何か新たな情報でも手に入れたのかい?」
「いや、そういう訳ではないんだけどな。お前が忙しくしていると聞いて、ちょっと顔を見に来てやった」
「それは嬉しいな」
俺はスザンナの向かい側ではなく隣に座り、抱きしめようと手を伸ばす。
「スザンナ、元気だったかい?」
「わっ、よせ。いきなり抱き着こうとするな、この変態。私はお前の可愛い弟達じゃないぞ」
スザンナはするりと身をかわし、俺の腕は無残にも空を舞った。
「俺のことが心配で会いに来てくれたんじゃなかったのか」
「心配というか、まあビジネスライクなご機嫌伺いだよ。ほら、土産。疲れが取れるお茶だ。カタリナ嬢に貰ったんだ。ジオルド王子も愛飲しているらしいからお前にも分けてやるよ」
「ジオルドが愛飲しているお茶!?おおっ、それはありがとう」
茶色の紙袋の中には爽やかな香りがする茶葉が入っていて、嗅ぐだけでも疲れが取れるような気がする。
早速飲んでみたいがそのためにはメイドを呼ぶ必要があった。
だが今日はもう少しだけこのままスザンナと二人きりでいたい。
紙袋をテーブルの上に置き立ち上がると、彼女に微笑みかけた。
「新作の肖像画が出来上がったんだ。見てくれるよね?」
跳ねるような足取りでカーテンに近づき、紐を引っ張る。
「ほらほら、これ!夏休みに別荘に行った時の姿だよ。こういうオフスタイルもかっこいいと思わない?あ~本当に俺の弟達は素晴らしい~!」
「お前の付きまとい行為は相変わらずだな」
スザンナは案の定、呆れたような眼差しを向けた。
「いや~。弟達の身の安全を考え陰から見守っている行為だから!その報告として絵に残す。我ながらいい考えだよ」
「物は言い様だな。じゃあ、お前の望むとおり新作も見せてもらったことだしそろそろ帰るか。またな」
ソファから立ち上がった彼女は、背を向けてドアに向かい歩き始める。
「スザンナ」
俺は速足で彼女に追いつき、背中からそっと抱きしめた。
疲れているのは君の方だよな?スザンナ・ランドール。
俺が部屋に入った時に振り向いた、君の一瞬の顔を見逃す訳がないだろう。
何年一緒にいると思っているんだ?
信頼できる相棒。
最大なる協力者。
そして婚約者として。
「ジェフリー……」
そう呟いた彼女の顔は見えない。
けれど俺は抱きしめる手に力を入れた。
その手に重ねられた、スザンナの手の赤い爪だけを見つめながら。