遠方で紛争が勃発。
その知らせを聞き駆けつけた寂雷は思いがけないものを目にする。
「貴方は……!」
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止血のため押さえ込んだガーゼの上から弾襄の腹部に包帯を巻きつける。脇から腕を差し入れ「持ち上げますよ」と声を掛けると、手持ちのタオルを重ねた簡易的なベッドに彼を横たわらせた。
「うっ……」
「痛みますか」
「少し」
眉間にわずかに皺をよせ、はは、と力なく笑う弾襄のこめかみに玉の汗が流れる。
「情けないですね……反乱軍に襲撃された上、よりによって貴方に発見されるとは」
「それはこちらの台詞です」
寂雷は手を止めることなく彼の腕に点滴の針を装着する。紫色に失色しきった弾襄の唇に徐々に血の気が戻るのを確認すると、これ以上体温が奪われないよう上から厚めの毛布を掛けた。
ここは設備が整っていない。夜が明けたら場所を移動しなくては。
「いいですか、いくら自信があっても自分を過信してはいけないんです。人体には回復能力もあるがもとより万能ではない」
「耳が痛いですね」
微かに笑うも以前のような威勢は見る影もない。
彼の痛みは相当だろう。わき腹に二か所の銃創、一歩遅ければ失血死は免れなかった。
いくら悪事を積み重ねてきたとはいえ彼もまた同じ人間なのだ。負傷をすれば血を流すしともすれば命を失う。
どんな人間であろうと、人の命に重さの差などない。それは寂雷が最も身に沁みて理解している事実だった。
「弾が貫通していたのが救いでした。今の貴方の体力では手術に耐えられる保証がない」
「……何故」
「はい?」
「何故捨ておかなかったのですか」
「人を助けるのに、理由が要りますか」
「……」
寂雷が施術用具をデスクに置く。カラン、と無機質な音が空間に響く。
「手慣れてますね」
「もともと軍医でしたから」
寂雷の肩が小さく息をつく。
「負傷した人に敵も味方も関係ない」
「貴方はそうやって生きてきたのですね」
「どういう意味です?」
「私にそんなものは必要なかった。利があれば手を差し伸べるがなければそれまで。貴方のような人間は、初めてだ」
わかっているさ。そんな美学が巷に溢れていたことなど重々承知している。
だがそれまでなのだ。結局は皆自分が可愛い。そういう利己主義を活用することが、この薄汚れた世を生き残り渡っていく術ではないのか。
寂雷に触れられた傷が疼く。
このまま目を覚まさなければ、腹の奥に蠢く羞恥にも葛藤にも似た何かに気を乱されることもないだろうに。
はぁ、と深く息をついて弾襄はぼんやり霞む視界に己を委ねた。
(続く……かも??)