解熱剤 【プロローグ】
「はぁ、はぁ……」
昼下がりの院内、辺りは忙しなくいつもの日常が通り過ぎる。
「っ、はぁ、は、ぁ……」
治療を受ける子供の泣き声、宥める看護師の声。パタパタと走り回る人々の喧騒、笑み、悩み。何も変わらない、あたりまえの日々。
どさり。不自然な音が廊下に響く。
「神宮寺先生?!?」
「先生! どうされましたか、先生!?」
日常は変わらず続くと思われた。
一人の男が意識を失う、
"あの時" までは――。
◇◇◇
「寂雷が倒れた?!」
突然の大声に道行く人が驚いたように振り返る。声を潜めて俺は電話を続けた。
「あいつは今何処に?」
『ご自宅に向かわれました。あまりに容体が悪そうで付き添いを申し出たのですが、その……』
電話の主、シンジュク中央病院の職員は言いにくそうに言葉を濁した。寂雷の勤務先から電話がかかってきたのは平日の昼間のこと。なんでも、いつも颯爽と仕事をこなしているあいつが廊下で倒れているのをスタッフが発見したらしいのだ。
寂雷のことだ。周りに迷惑は掛けられないと休憩もそこそこに一人で家に向かったのだろう。せめて身内に連絡をと気を利かせた職員が机上で発見したのが、以前からよく話題に出ていた俺の名刺だったという訳だ。
「病院を出たのはいつですか」
『20分程前です』
「分かりました、すぐに向かいます。こちらのことは任せて、皆さんは業務に戻ってください」
『ありがとうございます……!』
泣き出さんばかりに礼を繰り返すスタッフをやっとのことで宥め電話を切る。そこで初めて無意識に強く握りしめていた拳に気付いた。
たまたまシンジュクに滞在しているタイミングだったのは幸運だ。それにしても――。大きな溜息を一つつく。
人にはやれ健康だの体が資本だの言っておきながら、自分のこととなればこの始末。昔からそうだ。どんなに体調が悪かろうと歩くのがやっとだろうと口では「大丈夫」を繰り返す。散々無茶をしておいて、心配掛けたくないとか世界的名医が聞いて呆れる。
昔から変わらない奴のスタンスに頭を振り走り出せば、近くで昼寝をしていた野良猫が剣幕に慌てて飛びのいた。
〜〜〜中略〜〜〜
「薬だ、飲めるか」
横たわった寂雷の枕元に腰を下ろすと、程よい硬さのベッドがギシ、と沈みこんだ。汗ばんだ背中に手を添え、ゆっくりと上半身を起こさせて薬とコップに満たした水を渡す。が、なんとか薬は飲み込めたものの、三口ほど水を飲んだところで大きくむせてしまった。ゴホゴホと咳の反動でコップ内の水が大きく揺れ、寂雷の胸元に大きなシミを作る。
「っ、ごめん……」
「気にすんな」
着替えを持ってきて正解だった。体が冷える前に服を取り替えなくては。
特段遠慮もなく、脱がすぞと声を掛けて身を乗り出し濡れた上着を掴むと、不意に寂雷の上半身がびくりと反応した。
「じ、自分でやるよ……」
「いいからじっとしてろ」
制止を無視して白衣を剥ぎ取りシャツの留め具を外しにかかる。
「ま、まって獄……」
「だから任せとけって」
「っぁ……っ! 」
シャツを捲り上げようと痩せた脇腹へ手が触れた瞬間、不自然なほどに体が跳ねた。
to be coutinued...