エンドレス・エクスタシー【プロローグ】
それは俺が久方振りのソロキャンプを終えた時だった。
辺りは日が沈んですっかり暗くなり、湿った土と葉の香り、そして鈴虫の音が風に乗って頬を撫ぜる。
秋も深まったこの頃、こうして一人山に繰り出しては美味い酒とソーセージに舌鼓を打つ。このささやかな時間が俺は堪らなく好きだ。何故なら此処には休憩を乱す口煩い小坊主も、泣き虫のガキも、無自覚に競争心を煽る旧友もいない。山の真っ只中は人の気配こそないが、一人で居たい俺は敢えてそういう場所を選んでいたし、静かに自然の息遣いを楽しみ自分と対話するのに此処はもってこいの場所だった。
いつものように片付けを終え、さぁ帰ろうと膝を払って立ち上がる。ソロキャンプとはいえ食事のみの簡易的なもので、テントの準備まではしていないから、真っ暗になる前に街が見える麓まで降りなくては。
荷物を纏め、腕時計で帰路を確かめる。その時、数メートル先の草陰から何やらガサガサと物音がした。
何だ? 近くには誰も居ないはず。
狸か、狐か。熊だと些かまずい。下調べでこの山に大型動物はいないと踏んでいたが、認識が甘かったか? もし大型動物の場合、ここで直ぐに動くのは悪手だ。そう思って場を離れず、静かに息を潜めたのが間違いだった。
「うあっ?!」
暗闇の中何者かに左足をぐいと掴まれ、どさりとその場に尻もちをつく。突然のことで受け身の体勢も取れなかった。地面に大きく打ちつけた衝撃で腰に鈍い痛みが走る。
「痛ぇ……てか何だ、これ……?」
足首にぐるぐると巻きついているのは木の蔓でも枝でもない。薄暗がりの中、近くに置いたランプの灯りに反射するそれは、直径十センチ弱、半透明の大きなミミズのような物体で、何やら表面がぬらぬらと濡れたように照っている。
「クソッ、このっ、離れろっ」
両手で足から物体を引き剥がそうとするが、表面がつるつると滑ってうまく掴めない。何かの生き物か? 物凄い力で固く巻き付いているせいか、どう振り解こうとしてもびくともしない。
仕方ない。身につけていたサバイバルナイフを取り出し、得体の知れない生物を足首から少し離れた位置でザクッ! と切り落とす。硬めの蒟蒻を切断する時のようなぐにゃりとした感触。断ち切られたそいつはちぢれたように一瞬身を縮めると、辺りを探ってこれまたミミズのようにグネグネ地面を這い回った。
後ろへ数メートル後ずさり、足首に残っていた残骸も草の上に払い落とす。まだ神経が残っているのかそれらも今だに蠢いており、見ていて何とも気持ちが悪い。
「はぁ……ったく何だよ……」
余暇の最後にとんでもねぇモンと遭遇しちまった。帰って飲み直そう。
──さっさと立ち去ろうと一歩踏み出すと、何処からともなく現れた別の物体が今度は背後から右足首を掬い取った。
「ッはァっ?!」
視界がぐわんと宙に舞う。
〜〜〜中略〜〜〜
まさか……!!
これから奴らが何をしようとしているのか否が応にも察して恐怖に顔を歪ませた。がむしゃらに拘束を振り解こうとするものの、抵抗など奴にはどこ吹く風で虚しく再度上から押さえ込まれてしまう。
助けてくれ! と叫ぼうと口を開いた瞬間、触手の一本が物凄い勢いで中に侵入してきた。先端の丸みがぐりぐりと喉の奥に押し付けられ反射的にえずきそうになる。
「ぐふっ、んぐ……っ!!」
息ができない。苦しい。噛みちぎろうとするが虚しくただ歯が滑るばかり。
酸素を求め無我夢中に口を大きく開けたところで不意に喉の奥へどろりと大量の粘液が排出される。不気味に甘ったるく、粘りがあって生ぬるい。液体は鼻腔の裏にまで届き、吐き出そうにも後頭部を押さえつけられた状態では顔を背けることもできず、ごくりとそれを飲み下してしまう。
「ぐっ、はぁっ、はぁ、、なに、を……っ」
溢れ出た粘液が口の端を涎のように伝うがそんなことを気にしている余裕すらない。
「な、んだこれ……っあつい……、、っ」
途端に喉がじんわりと火照りだし、心臓がドクンドクンと大きく脈打ち始めた。
呼吸が乱れ、血液が沸き立つ。夜風に冷えたはずの体は嘘のように指の先まで温められ、全速力で走った後のような動悸と合わせて全身に滝のような汗が噴き出してくる。
「んあッ……はぁあ……っ……」
触れられていないのに、ぞわぞわした悪寒に声が上ずる。
媚薬の類か……?頭の中で大きく危険信号が鳴り響く。
まずい。
このままでは本当に──逃げられなくなる。
────To be continued...