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    ナチコ

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    ナチコ

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    お題を借りて短編修行
    松野千冬と「橘日向」
    千冬と日向が話してるだけ。
    高一時代、最近の本誌ネタもありつつ全部捏造です。

    ##千冬と**

     母親に頼まれていた用事を思い出したとかで「先帰るゴメン!」と叫ぶなり武道が走り去ったから、千冬は日向と路上に取り残されてしまった。
    (て、どうすんだ、コレ)
     川縁の土手の上、進むには一本道だから「じゃあここで解散」というわけにもいかず、分かれ道までしばらく一緒に歩かなければならない。
     友達の彼女と二人きり。日向が親友にベタ惚れなのは嫌と言うほど知っているからこれがチャンスなどと思う気持ちも勿論起きず、残るのはただ、申し訳なさだけだった。
    「何か、ゴメン、タケミっちとの間にオレ入っちゃって」
     そう言いながら歩き出す千冬の隣に、日向も並んだ。さっきまではこの間に武道がいたのだが。
     ――日曜日、暇だったので街に武道を呼び出してぶらぶら遊んでいたら、塾帰りだという日向と行き合った。
     せっかく彼氏彼女が揃ったのだ、邪魔するのも何だしと千冬は適当に言い訳をして一人で抜け出そうとしたのに、日向と武道が二人して引き止めるものだから、結局三人で遊んだ。
    「こっちこそごめんなさい、もともと松野君とタケミチ君の約束だったのにね」
     日向の方も申し訳なさそうだった。約束なんてご大層なものでもなく、本当にただ、暇潰しにゲーセンでも行こうぜという誘いだったのだが。
    「つか、休日までカノジョ持ちの男遊びに誘うなよって感じだよな、オレは毎日高校でタケミっちと会えるのに……」
    「いいの、タケミチ君と二人きりなのも楽しいけど、松野君や仙道君たちと一緒に遊ぶのも楽しいんだ」
     笑って、日向が言う。
    「タケミチ君って、松野君たちといる時、私といる時とちょっと違う感じだから、そういう顔を見られるのも嬉しいの」
     気遣いやお世辞という感じでもなく、日向は本当に楽しそうな口調だった。
    「ベタ惚れだなあ」
     感心して千冬がつい呟くと、日向が少し恥ずかしそうに目許を染めて俯いた。千冬までつられて照れてしまいそうな可愛さだった。
    「アイツ、ヒナちゃんと二人きりだとどういう感じ? やっぱ、かっこつけてる?」
    「うーん、かっこよさは、いつもと変わらないかな」
     それは「いつもかっこいい」という意味なのか、「どっちみちかっこよくなない」という意味なのか千冬はちょっと気になったものの、どちらにせよ中毒られそうな気はしたので言及はしないでおく。
    「松野君は、好きな子はいないの?」
     自分たちのことばかり聞かれる照れ臭さを誤魔化すように、日向が訊ねてくる。
     千冬は眉間に皺を寄せた。
    「あー……どうだろ」
     もっと小さい頃、初恋らしきものはあったようななかったような。今だって可愛い子がいればいいなと思うし、気に入った芸能人もいるから好みのタイプを聞かれれば答えられる。でも。
    「タケミっちがヒナちゃんのこと守ろうって思ってるみたいに好きになれる相手はいないわ、今は」
     武道は自分の全部をなげうつように、日向の未来を守ろうとしている。
     それが恋だというのなら、自分が誰かを「ちょっといいな」と思う気持ちなんて、到底恋とは呼べないと千冬は思う。
    「……タケミチ君は、すごいよね」
     千冬の隣で、ぽつりと日向が呟いた。
    「私だけじゃなくて、みんなのこと、守ってくれてる」
    「……うん、すげぇよ」
     日向もすでに、十年後の自分の運命と武道の事情を把握しているらしい。
     それでなお笑っていられる日向だって充分すごいと、千冬は思うが。
    「アイツ、すげぇ泣き虫なのにさ。ケンカも弱いし、後先考えないバカだし、おまけに私服のセンスはクソダサだけど――」
    「ん?」
    「え?」
     横から圧を感じて視線を向けると、日向が千冬を笑顔で見上げている。千冬は慌てて咳払いした。
    「つ、強くはねえのに。でも絶対、ヒナちゃんのこと助けるって信じられる。オレだって、アイツがいるからいろいろ……マシな気分で乗り越えられてることがあるよなって、よく思うよ」
    「……そっか」
     日向の眼力から圧が消え、代わりに、ひどく嬉しそうな気配が伝わってくる。
     この子は武道が褒められることが、自分が褒められるよりもよっぽど嬉しいんだろうなと思って、千冬も笑みを零した。
    「十年経ったらさ。ちゃんとタケミっちとヒナちゃんが幸せになるの見届けたら、オレも、誰か探せるかも」
    「そうなの?」
    「だって二人とも、絶対ただのバカップルになるじゃん?」
    「……そ、そうかな」
     パパッと、日向の顔が赤くなる。今でも充分バカップルであるという自覚はあるのだろうか。しょっちゅう人目を憚らずイチャイチャしているが――日向の未来のことを、それを変えようとあがく武道のことを知っているから、千冬には二人を羨むことはまだできない。
    「将来二人が結婚してさ。今よりもっととんでもない美人になったヒナちゃんのウェディングドレス姿とか、その隣で絶対泣いているタケミっちの顔見たら、『このヤロウ』って素直に羨んで、シットして、『オレだって綺麗な嫁さん貰ってやるからな』とか負け惜しみ言えるような気がする」
     笑って言う千冬を見て、日向が何とも言えない表情になった。
    「あ、でも、別にそれまで、ヒナちゃんたちに遠慮して彼女作らないとかじゃねーからな?」
     日向に何かしらの責任を感じさせてしまったかもしれないと気づいて、千冬は慌てた。
    「単にオレが、モテない……だけで……」
     そして自分を傷つける結果になってしまった。
     事実だけに、言って悲しくなってくる。
    「松野君、格好いいのにね。好きになる子なんていっぱいいそうなのに」
     日向のフォローがまた切ない。千冬は半笑いで日向を見返した。
    「でもヒナちゃんだって、オレじゃなくてタケミっちが好きだろ?」
    「そっ、それは……うん」
     はにかむように頷かれて、千冬は「ほらなあ」と天を仰いだ。
    「でもね、タケミチ君がカッコよくいられるのも、松野君たちのおかげだと思うの」
     日向の言葉に、千冬は彼女のほうに視線を戻した。
    「オレたちのおかげ?」
    「タケミチくんは、人のために強くなれる人だから。松野君が隣に居てくれるから、頑張れてるのもあると思うんだ。……一緒にケンカできるのとか、たまにすごく、羨ましい」
     言葉通り、日向は心から羨むような表情をしていた。
    「男の子だったらよかったなって思うことがあるんだ、私」
    「いやタケミっちは絶対、ヒナちゃんが女の子でよかったと思ってるよ」
    「そっかなー……」
     日向は納得できないようで、「また空手習おうかな」などと言いながら、拳を突き出す真似をしている。
     大真面目な顔で正拳突きを繰り出す日向に、千冬はまた笑った。
    「隣にいるのは、ヒナちゃんじゃん」
    「え?」
    「オレは背中守ってるんだ、タケミっちの。だからアイツの隣はヒナちゃんのものだよ」
    「……そっか」
     日向の顔が綻んだ。
     彼女のことを死ぬ気で守ろうとする武道の気持ちが、その姿を見ていると千冬にもよくわかる。
    「あ、じゃあオレ、家こっちの方だから」
     あれこれ話すうちに、気づけば分かれ道に来ていた。
    「うん。今日はありがとね、松野君」
    「こっちこそ」
     バイバイ、と手を振る日向に手を振り返す。身を翻して家のあるらしき方へ駆け出す日向のうしろ姿を、千冬は何となく、その場で見送った。
    (本当、マジで――こんなふうにオレのこと好きになってくれる子とか、出会える気がしねーよ)
     武道があんなに必死になれるのは、どう考えたって、日向の存在があるからだ。
    「いい男になりてーなあ」
     ぼやくように呟いて、千冬は一人で歩き出した。
     ――それが、ほんの三ヶ月前のこと。


     病室で、千冬は深く項垂れ、押し殺した声を『相棒』に向けていた。
    「なんでみんなうまくいってたのに、戻ってきちまったんだよ!?」
     言葉が止められない。
     身動きもできずにコードや管に繋がれてベッドに横たわる武道の前で、涙も止められない。
    「オマエのせいで、ドラケン君は」
     口にしてから、我に返った。
     ハッとして自分の口を掌で押さえても、言った言葉は返ってこない。
     武道は一度も千冬の方を見なかった。千冬に詰られるまま、視線を動かしもしなかった。
     千冬が自分の酷い言葉に気づいて謝っても、「いいんだ」と言うばかりで。
    「一人にしてくれないか……」
     そして武道は、ここから出ていけと、遠回しに千冬に告げた。
     千冬はもう、武道の隣にいられなかった。
     奥歯を噛み締め、堪えようとしても滲み出てくる涙を必死に堪えながら、千冬は病室を出る。
     精一杯、静かに病室のドアを閉めたところで、声をかけられた。
    「松野くん……」
     見舞いの花を生けてくれていた日向だ。
     千冬はその日向の方を見ることもできなかった。
    (何が相棒だ)
     悔しくて、悔しくて、千冬の頭の中も腹の中もぐちゃぐちゃになった。


     武道を見舞ってから、一ヶ月後。
    「あれ、松野君?」
     とある店を出たところで声をかけられ、千冬は足を止めた。
    「どうしたの、こんなところで」
    「あー……、ヒナちゃん」
     滅多に訪れることのない商店街の辺り。日向は学校からの帰り道なのだろうか、制服姿だった。
    「ちょっとこの店、用があってさ」
     Tシャツのプリントも請け負う印刷所だ。千冬はたった今そこでできあがったものを受け取りにやって来た。
    「ふうん? あ、今日はアルバイト、お休み?」
     いつもならペットショップのアルバイトに向かう曜日だった。なのに店から離れた場所にいる千冬が、日向には余計に不思議だったのだろう。
    「バイトは、辞めたんだ。このあいだ」
     日向は千冬の答えに少しだけ驚いた顔をしたが、理由を聞いたりせず、「そっか」と頷いただけだ。
     それから千冬を見て、日向が口許に手を当てて笑った。千冬は首を捻る。
    「え、何?」
    「松野君、お店出てくる時、なんだか悪巧みしてるみたいな顔してたから」
    「そんなんだった、オレ?」
    「うん。前に会った時とは全然違うから。――よかった」
    「……そっか」
     日向とは、あの見舞い以来顔を合わせていない。
     情けなくも悔し泣きを隠せないまま病室を出たから、千冬が武道と決裂してしまったことに、あの時の日向は勿論気づいていただろう。
    「てか、オレ、ヒナちゃんに謝らなくちゃってずっと思ってたんだ」
     目を伏せて呟く千冬に、今度は日向が小さく首を傾げる。
    「え? 私、何かされたっけ?」
    「……タケミっちの背中はオレが守る、なんて言って」
     病室で武道に向けた言葉を、千冬はあれから繰り返し悔やんだ。
     それ以前に、武道が三天戦争なんてものに巻き込まれていることにすら気づかなかった自分を、何度も責めた。
    「アイツが酷いことに巻き込まれてたのに、何もできなかったどころか、何も知らなかった。知らないのに、タケミっちのこと責めるようなこと言ってさ。あいつ散々心も体も傷ついてただろうに、何かもう……ただ、悔しくって」
    「……松野君」
     思い出すと、情けなさで千冬は喉が詰まった。武道を泣き虫だなんてよく言えたものだ。
    「肝心な時、オレはアイツに頼ってもらえなかった。アイツが何考えてたのかは、嫌ってほどわかるんだ。オレのこと巻き込みたくないとか、オレのバイト……夢邪魔しちゃいけないとか、そういうふうに考えるヤツだって、知ってたのに」
     千冬がすべてを知らされたのは、何もかもが終わったあとだ。
     呑気にアルバイトをしていたら、武道が全身傷だらけで入院したとか。梵に入っていたとか。マイキーとやりあったとか。――ドラケンが死んだとか、そんな報せが届いて。
     蚊帳の外に置かれていたことにショックを受けた。
     だから誰より傷ついているのは武道だとわかっているのに、本人を前にして、酷い言葉が口を衝いて出た。
    「守れなくたって、せめておんなじ場所でおんなじ傷受けるくらい、してやりたかったのに……守られたのはオレじゃん、って」
    「松野君、タケミチ君は――」
    「わかってる」
     日向の言葉を遮って、千冬は彼女を見た。
    「ちゃんとわかってる、大丈夫」
     不安げな日向を安心させるように笑う。こうやって笑える自分が、千冬は自分でも嬉しかった。
    「これからタケミっちんとこ行くんだ。八戒に用事があってさ」
    「――そっか」
    「ヒナちゃん」
     改めて日向と向き合って、千冬は彼女に向けて深く頭を下げた。
    「えっ、な、何? どうしたの?」
     慌てる日向に、千冬は頭を下げ続ける。
    「オレが礼言うところじゃないっていうのはわかってるけど。――タケミっちのこと、泣かせてやってくれて、ありがとう」
     またヒナの前でみっともないとこ見せちゃったよ。
     武道はそう言って情けない顔で笑っていたけれど、それを聞いて、千冬はひどく安堵したし、またひどく自分を責めもした。
    (あのタケミっちが、泣いてなかったんだ。あの時)
     ドラケンが死んで、自分も大怪我をして、葬儀にも出られず病室に横たわっていた武道が。
     全部オレのせいだからと言うばかりで千冬を見ることもなく、かといって千冬に謝るわけでもなく。
     からっぽの目をして、ただそこにいた。
    「あのまま放っておいたら、多分アイツ、一人でまた全部背負い込んで……今度こそ、死んじまったんじゃないかって思うんだよ。こないだだって死ぬようなケガしたのに、今度こそ助かんねえか……それともアイツがアイツじゃなくなるくらい、気持ちがぶっ壊れちまってたんじゃないかって、後でやっとそう考えて……」
     本当は、病室でも気づいていたのかもしれない。気づかないふりをしていただけで。
     千冬はあれから二度と見舞いに行かなかったが、元溝中の奴らや東卍の仲間たちは何度も武道のところに足を運んだらしい。
    『大丈夫だって笑ってたけどさ。ホントに、大丈夫なんかな、あいつ』
     八戒が教室でぽつりとそう呟いた時も、「大丈夫なんかじゃない」と、千冬にはわかっていた。
     武道に会わない間、千冬なりに三天戦争について調べた。梵が解散したことも。寺野南亡き後の六破羅短代が関東卍会の傘下に下ったことも。
     そこからマイキーを引っ張り上げるなんて、武道一人の手に負えるわけがない。
    「タケミっちが退院したら、オレから会いに行こうと思ってたんだ、本当は。今度こそ、アイツが嫌がったって無理矢理そばにいて、アイツ死なさないようにしなくちゃって。でも」
     頭を上げて、千冬は日向を観て、笑った。
    「タケミっちから来てくれた」
    「……うん。『一番は千冬だ』って言ってたよ」
     日向は優しい顔で千冬を見返している。彼女の言うとおり、武道はそう言って最初に自分に声をかけてくれた。それが千冬には嬉しくて、誇らしくて、改めて武道の背中を守るのはオレだと、二度と揺るがない強さで決意した。
    「ヒナちゃんがタケミっちの隣にいて、タケミっちのこと引き戻してくれたから。一発くらいはぶん殴ってやるって思ったのに、その必要もなくなっちまった」
    「ケンカはダメだよ」
     これから自分の彼氏がケンカどころではないことに挑もうとしているのに、ビシッとそう言う日向に、千冬は声を上げて笑う。日向は少し頬を膨らませていた。
    「もうっ、笑いごとじゃないのに――あ、これからタケミチ君と八戒君と会うんだよね、引き止めてごめんね」
     思い出したように言う日向に、そうだったそうだったと、千冬も手にしていた袋を抱え直す。
     日向がその袋に目を向けた。
    「すごく大事そうにしてるけど、それ、いいもの?」
     訊ねられて、千冬は袋をぐっと胸に押しつけて、日向に親指を立ててみせる。
    「もちろん!」
     仕上がったものを日向に自慢したい気持ちもあったが、お披露目はまず武道からだ。
    (タケミっち、ビックリするだろうな)
     まさかチーム名やマークのみならず、千冬が特攻服まで周到に用意していたと知れば、驚いて、そして喜んでくれるに違いない。
    「ヒナちゃんにも、あとで見せるよ」
    「うん、よくわかんないけど、楽しみにしてるね!」
     日向が千冬に手を振って見送ってくれる。
     千冬はもう一度彼女に親指を立てて応えて、それから相棒の待つ場所へと、全力で駆け出した。
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