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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    さんじゅうよん

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    陰口叩かれてると思ったらそうじゃなかった、というごうた。(れいのごとくいきおいだけでつめてない)

    ##五歌

    無題(五歌)



     とある日のことである。
    「歌姫? そりゃむかつくよ。鈍いし、弱いし、そのくせ口煩いし」
     聞いているだけでも忌々しい男の声が、扉一枚向こうから、やたら大きく鼓膜を打った。
    「僕が何言ってもきいきい喚いてばーっか。面白がって煽ってるのも僕だけどさ、毎度毎度じゃ嫌になるよ」
    「……」
     いつも通りの何気ない口調で語られるその言葉は、間違いなく、真実なのだろう。面と向かって言われたことだってある。が、こうやって、私のいない場面で、悪様に罵られているなんてことは想像してもいなかった。
     大きく息を吸って、吐く。
     どく、どく、と大きく脈を打つ鼓動の音を頭から振り払うつもりで、必要以上に力を込めて、荒く引き戸を開け放った。
     ばあん、と響いた轟音に、先に到着していた会議の出席者たちが面食らう中、五条だけが少し不思議そうに、けれども平生と何ら変わりない飄々とした態度で、私に向かって軽く手をあげる。
    「よ、歌姫。遅刻とか珍しいじゃん。到着いきなりヒステリーとか、もしかして今日、生理?」
    「…………」
    「え、無視?」
    「遅刻して申し訳ありません。新幹線が遅れて……始めてください」
    「……」
     いつもであれば噛み付くところをぐっと堪えて、奴から一番遠い席に腰を下ろす。
     五条は、唖然としていた。ぽかんと口を開けて呆けている姿は珍しい。
     隠れた目元に表情なんて見えないはずが何故だか傷ついているように見えて、傷つけられたのも泣きたいのも私の方なのにそんな顔は狡いと身勝手に僻んで、嫌いな相手に嫌いだと言われただけで何でこんなに振り回されなくてはならないのだと胸の内で喚き立てる。
     もう、めちゃくちゃだ。それもこれも全部、あの男のせいで。
     だからあんな奴大嫌いなのだとほぞを噛み、必死で平静を取り繕っていた。




    「ねえ、待ってよ歌姫」
    「嫌よ」
    「何でそんな怒ってんの?」
    「……そうよ、怒ってんの。だからもう、構わないでったら」
     会議が終わって早々に退散した。
     のだが、長いコンパスを悠々と駆使してあっという間に背中に追い縋られてしまう。何とか振り払おうにも、差をつけるどころか回り込まれて壁際に追い込まれてしまった。
     だん、と頭の横を拳が叩く。
     五条はようやく足を止めた私を見下ろして、不機嫌そうに口の端を下げている。
    「……何よ」
    「何かあったのは歌姫の方じゃん。教えてよ」
    「私はいつも通りよ。……口開く度にヒステリー聞かされるのはうんざりなんでしょ? 離して」
    「ああ……会議前のアレね、聞いてたんだ。あんなの、いつもの軽口じゃん」
     何でそんなに怒るのさ、と尋ねる五条は心底不思議そうだった。
     ぎり、と私は奥歯を噛み締める。
     そんなもの、私の方が聞きたいくらいだ。
    「ほんっと、むかつく、男ね……いつも怒ってるのに、そうやって、あんたが取り合ってないだけじゃない! いいからほっといてよ!」
    「やだよ。そしたら歌姫、後で一人で泣いちゃうでしょ?」
    「泣かねえよ!」
    「意地っ張りだなあ。……ねえ、何で、今日に限って傷ついてるの?」
     僕何かした覚えないんだけど、そう言って、私の顔を覗き込んでくる。
     へらへらと浮ついた口調は変わらないのに言葉の端々に戸惑うような気遣うような揺らぎを感じて、猛烈に腹が立った。五条は、私を相手に取り繕わない。格下だからと馬鹿にされている所為だとわかっているが、だからこそ、決して上辺に装っただけではない善意が忌々しい。
     嫌いだし、向こうはそこまで私に興味もないだろうし、それこそ嫌われても別に構わないと思うくらいだったのに。なのにあの時、あんな台詞を聞かされて、何故だか裏切られたような心地にさせられたのだ。
     私だって、好きで声を荒げているわけじゃあない。そんなに嫌なら、毎回怒らせるようなことをしないでくれたらよかったのに。ふざけてばかりでけらけらと笑いながら逃げ回るくそ生意気な後輩を、拳を握って追い回して、ストレスでいつかこめかみの血管が爆発するんじゃないかとひやひやしながら過ごした日々はそもそも無意味だったのだと、全否定されたような気がしていた。
     何で、どうしてと、責め立てたいのは私の方。
     けれども本気で心配そうな様子の五条に何も言えず、ぐっと唇を噛めば、頭上から、深々と溜息が降ってきた。
    「……わかった。もう、何も言わなくていい。だから、僕の話、聞いてね」
    「は──」
    「いい? さっきのアレは、『僕が悪いのはわかってるけど怒った顔だけじゃなくてたまには笑いかけて欲しいのに、顰め面ばっかりで嫌になる』、って意味」
    「……」
    「ねえ、わかる? 可愛さ余って憎さ百倍なわけ。ただこっち向いて欲しいだけなのに、思う通りにいかなくってさ、ほんっと、腹の立つことばかりだよ」
    「…………ッ」
     間近に顔を寄せられて、口を塞いでいた手がするりと唇を撫でて顎下に滑る。
     優しく顎を掴んで支える指先に、喉が、震えた。隠れて見えないはずの視線がむず痒い。
     咄嗟に両手を突き出して、距離を、取ろうとする。
    「か、揶揄うのも、いい加減にし」
    「揶揄ってないから。そのくらい、いくら鈍臭くてもわかるでしょ」
    「ッ」
    「……あーあ。カッコ悪いから、まだ、言いたくなかったのに。でも、もういいや」
     ねえ、どうしたら、僕のこと男として見てくれるの。
     壁と五条に挟まれて身動きの取れない中、顎を取っていた手が離れ、代わりに髪を掬って、跳ねる毛先に口付ける。その一連の動作を、拒むことも出来ず、固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
     咽喉が閊えて、声が出ない。
     常人ならば視界の全てを黒く潰すはずの布の下、青い瞳が、食い入るように私を見詰める様を想起した。
    「…………、………。〜ッッ」
    「うたひ」
    「──し、知るかッ馬鹿!!」
     三十六計逃げるに如かず、である。
     今度こそ私は五条を突き飛ばすと、仮にも教職にあるまじく、廊下を全力疾走した。





     脱兎の如く、という形容詞が、何ともよく似合う。
    「わー、逃げ脚はっや」
     廊下を走ってはいけません、を大人になっても素で遵守するあの歌姫が、緊急時でもないのにどたばた足音を立てて逃げ出す様に思わず頰が弛んだ。立ち去る間際、僕から必死に隠した顔が赤かった。あんなにぷんすか怒っていたくせに、少ーしちょろ過ぎやしないだろうかと幾らか懸念を覚えつつ、しかしそれも僕限定だと思えば大変可愛いものである。
     一人廊下で置いてけぼりを食らった僕は、遠のく歌姫の気配を目で追いながらにまにまとする。
     そして、偶然そこへ通りがかった七海が、僕の顔を見るなり心底気味が悪そうに顔を引き攣らせた。
    「……」
    「ちょっと七海ぃ。先輩相手に、挨拶もなしに素通りはないんじゃなーい?」
    「貴方がそれを言いますか……」
     そそくさとその場を離れようとしていた七海の肩にがしっと腕を回せば、迷惑そうに眉を顰めて溜息を零した。まったく、失礼な後輩である。
     しかし捕まったからには諦めたようで、視線を横へ逃しながらくいっと眼鏡を押し上げた。
    「……言っておきますが、何があったかなんて訊きませんよ」
    「そう? じゃあ聞けよ。何かさ、思ってたよりも脈有りっぽいんだよね……お互い仕事も立場もあるし、まだ待とうと思ってたけど。もう、攻めていいかな? いいよね? 我慢するのもしんどいし、ぼやぼやしてると他の男に盗られそうだし」
    「知りませ──」
    「それにほら、そろそろ、僕もいい歳でしょ? 周りも煩いし、この際身を固めるのも悪くないかも」
    「────人の話、全っ然、聞く気ありませんね……」
     あっはっはっはっとご機嫌で笑う僕に対し七海は苛々とぼやいたが、それこそ聞かなかったふりをする。何しろとっても気分がいい。今であれば、多少のことなら何であれ笑って許してやれる気がする。
     さあ、それにしても、これからどうしようか。可愛いうさぎを追い込んで追い詰めて、最後にはこの腕に閉じ込める、そんな未来に思い馳せるだけでもわくわくする。
     緩んだ口元を静かに吊り上げる僕を見て、七海は「何だか知りませんけど、私を巻き込むのはやめてくださいよ……」とげんなりした様子でぼやいた。
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