同僚が怖い同僚の話。遺体を見下ろすと、苦痛を浮かべた目と視線がぶつかった。震える両手に気付かないふりをして、視線を隣の同僚へと移す。
「どうする?どこかに埋めたほうがいいのかな。」
「いや。わざわざ埋めたら、見つかった時に他殺ってバレる。ここに残しておこう。吊っておけば自殺で片付くよ。」
そう言って、遺体を軽々と持ち上げる彼女を僕は黙って見ていることしか出来なかったが「手伝って」という怒気を含んだ声に、慌てて身体を動かす。
遺体の生暖かい体温が、僕の罪悪感を煽った。
数分前までは生きていたのに。
対して彼女は、何食わぬ顔で現場に細工をしている。
……本当に手馴れているんだな。
ブレイズデル様から、暗殺の任務を受けてから1週間後に計画は実行された。結果として、計画は上手く行き任務は成功に終わった。
天井から力なく下げられた遺体を見て「ああ、本当に死んでいるんだ。」なんて、今更そんなことを思う。
この人は、どうして僕たちに殺されたんだろう。
ブレイズデル様が詳細を僕たちに語ることは一切無い。余計なことは気にせず、言われたことだけに集中しろ、という意味だと思う。一週間前に、この人の暗殺を命じられた時もそうだった。ブレイズデル様は、ただ一言「殺せ」とだけ言った。
その時の彼女の顔を思い出す。
そこには表情というものがなく、海を閉じ込めたような青い瞳も、その時だけは、溝川のように濁っていた。目が死んでいた、という表現が正しいのかもしれない。
僕の知っている彼女ではなかった。
穏やかな性格だからか、彼女の周りはいつも人がいて賑やかだ。みんな彼女が好きで、僕も彼女が好きだ。
嬉しいことがあれば、真っ先に彼女に聞かせ、美味しいものを食べれば彼女に買って行った。親友と呼べるくらいの立場には居たと思う。
食や服の好み、価値観や考え方。
僕が一番、彼女のことを理解していると思っていた。
でも今は、彼女のことが分からない。
人を惹きつける温かい目と、人を殺す時の冷たい目。
どちらが本当のお前なのだろうか。
もう、僕には分からない。
明日になれば、彼女はまた、いつもの彼女に戻っているのだろう。でも僕は、今まで通り接することは、恐らく二度と出来ない。
あの日の濁った目は、真っ直ぐブレイズデル様を映していた。彼女が彼に向ける気持ちが一体何なのか、僕は知っている。
ブレイズデル様に嫌われることを恐れていて、だから従うしかない。ブレイズデル様も、それが分かっている。彼女の気持ちを利用しているに過ぎない。
だからと言って、彼を責めることは出来ない。
誰も何も悪くないから。
仕方がなかった。やるしかなかったんだ。
僕だってそうだ。
ただ、
「早く戻ろう。私達は今日、ここに来なかった。いいね。」
吊るされた遺体を一瞥するお前が、少しだけ怖いと思ってしまった僕を、どうか許してほしい。