悪戯は止められない攻撃を仕掛けるのが早すぎた。いや、しくじったって所か?
やり合っている部隊を横から奇襲しようと飛び出した所で、全く予期していなかった方向から撃たれてしまい、撤退せざるを得なくなった状況に舌打ちする。
おいおい狙うのは俺たちじゃあないだろ!と文句を言っても結果は変わらない。体勢を立て直すために、今回デュオのパートナーになったクリプトと共にフラグメントイースト内にあるビル内に雪崩れ込むようにして押し入った。
「ここもほぼ物資が無いな……クソ、さっきの部隊をやれていれば、」
「俺たち以外にも似たような考えの奴らがいたってこったな。いきし…いきしょ…、まあ落ち込んでたって仕方ないし、次の手を考えようぜクリプちゃん」
「ドローンの偵察が甘かった、俺のミスだ。死角になっている所を確認しておくべきだった……次のリングは先に……」
喋りながらもシールドのチェックを終えて、クリプトに声をかけるが俺の言葉なんて聞こえていないんだか、聞いていないんだか。次の作戦を組み立ているらしい男は独り言をブツブツと呟いている。目の前にいるチームメイトをそう放ってくれるなよ。
「おい聞いてんのかクリプ、」
「っ静かにしろ!」
急に正気を取り戻したらしいクリプトが俺の口を勢い良く手で乱暴に塞いだ。いつもドローンと仲良くやってる指は生白くて、ややガサついている。また、戦場に似つかわしくない程だいぶ冷えきったそれが俺の柔らかい唇に触れた。突然の肌の接触に思わず目を見開いてクリプトの方を見ると、やたらと焦って周囲を警戒している。つい先程まで追われていたせいか、階段や扉の方を忙しなく確認しているがそこに誰かが来ている訳ではない。
俺とて余裕ぶっているように見せて警戒はずっとしていたから、少なくとも周囲や屋内に誰かがやって来ている気配が無いことは今この時も察知済みだ。敵の足音を空耳してしまうほど気持ちに余裕がないってことか?
ふと、口を押さえたままの指先が微かに震えていることに気づく。いつも澄ました顔をしたおっさんが柄にも無く憔悴だかしているらしい。そう言えばさっき俺のせいだとか言っていたか?この堅物が気に病んでるってか?
…等と思うと、目の前にいる男が急に可愛らしく見えてきた。自分は冷静だと思っていた頭はどうも冷静では無かったらしい。悪戯めいたことをしたくなった俺は徐に口元を覆うクリプトの指をぺろ、と舐めていた。
「ひっ…ッな、にをしてるんだお前は!!」
悲鳴を短くあげ、口を塞いできたのと同じくらい俊敏な動きでクリプトが手を引きあげた。理解不能なものを見たと言わんばかりの表情で、今度は怒りでぶるぶると指先を振るわせている。土気色の顔色に朱が差しているのを見て満足気にしている自分がいる事に気づく。いやあ、やっぱりクリプトが元気無いのは面白く無いからな、うん。
「そりゃクリーピーが口塞いでくるからだろ〜俺は黙ってると死んでしまう男なんだ」
「だったらさっさと手で引き剥がせば良いだろうが! 状況分かってんのかおっさん!」
「……それって、状況次第、つまりゲーム中じゃなければ良いって事だったり?」
「なるほど、お前は今この瞬間、俺の手で直々に殺されたいらしいな、ミラージュ。二度死ぬ準備はできたか?」
青筋を浮かべた笑みで、ウィングマンの装填を確認したクリプトが恐ろしい声色で処刑宣告を知らせてくる。そりゃ無いぜクリプちゃん、とすかさず両手を上げ降参のポーズを取っていると、俺とクリプトを挟んだ空間に、空気の読めない邪魔者が割り込んできた。それは二人の間を通り過ぎて、カツン、と金属音を立てて壁に当たる。その動きはやたらとスローモーションで、恐らくクリプトも同じ様に視認できたことだろう。
グレネードだ、と叫んだのはどちらだったか。それとも、二人で叫んだか。まあどちらにせよ、すぐ仲良くおねんねすることになるなあと、激しい爆発に包まれながら、救護室のベッドに想いを馳せた。