好奇心は我が身を滅ぼすドローン越しに見る空は、至って快晴だ。
せめて曇っていればドローンが目立たずに済むんだが。
そんなどうしようもない愚痴を頭の中だけで行う。敵から検知されにくい遥か上空でドローンを飛ばしてはいるが、ドローンの影やカメラに反射した光は地上からでも確認は容易い。
さっさと次のリングを確認してしまおうと、直近の調査ビーコンに向かいかけて、地上に見慣れた男の姿を捉える。こんな場所からでもよく分かる、かなり目立つ格好をしたレジェンド。ミラージュだ。
ミラージュは岩場に隠れて辺りを伺っている所で、まだ上空にいるドローンには気づいていないように見えた。どうやら別のチームと遠距離で撃ち合っているようだが、撃たれている位置は開けた低所であまり良く無いポジションだ。状況的に劣勢のように見える。
この位置からではいつものようにヘラヘラしたお調子者の顔をしているのか、それとも苦しい状況下で余裕が無い顔をしてるのかは分からない。それを確認するには流石に距離が遠すぎる。
自分の中でぐらぐらと天秤が揺れている。調査ビーコンをさっさと検めるべきか、目の前の面白いことが見れそうな部隊を偵察しに行くか。いや、理性では正解が分かっている。分かっているのだが、好奇心は愉悦を唆してくる。
……戦況を確認するだけだ。そうだ、やり合っているチームや他のメンバーの有無を確認するだけ。
好奇心にガシャンと振り切れた天秤をそれらしい言い訳で誤魔化して、ドローンを少しだけミラージュの方に降下しようとした。だが、集中力を欠いたせいか、操作が少し甘くなったらしい。ミラージュの顔にフッと影が過ぎた瞬間、彼がこちらを見上げた。
しまった、と慌ててドローンを帰還させようとする。だが、信じ難いことに、ミラージュは構えた武器を下ろして、こちらに手を振ってきた。
帰還完了を操作する指が動きを止める。見間違いかと思ってミラージュをよく見てみるが、やはり間違いなくドローンに向かって手を振ったり、格好つけたポーズを取ったりしていた。
まさかとは思うが、撮影用のドローンとでも間違えてるのか?
待て、それは流石に……いや、この男のことならあり得なくもないか、と思考を巡らせていると、とうとう面白いことが起こった。
ミラージュの顔のすぐ横をチャージライフルの一閃が通り過ぎ、セットにいつも時間がかかっている前髪がいくらか焼き切れるのを目撃してしまった。呆然としたミラージュが髪に触れ、途端に情けない表情へ変わっていく。丁度同じ岩陰に滑り込んできたレイスにそのことを喚き散らしているのが良く分かった。音声こそ入ってこなかったが、きっとご自慢のヘアスタイルについてわあわあと騒いでいるに違いないだろう。戦闘中に余所見なんかしてるからそうなる。馬鹿な奴だ。
ふと、レイスがこちらを見上げる。猫のように突然上空へ視線を上げた動作に虚を突かれたと同時に、バツン、と視界が遮断される。
やられた。むしろ今までよく壊されなかったものだ。
「……ドローンが破壊された。調査ビーコンは後で、」
デバイスの表示を消し淡々と結果のみを伝えようとして、すぐ目の前にしゃがみ込んでいた存在に気付いて息を呑む。部屋の隅の暗がりでもよく見える、窓から差し込む光を受けて煌めく金髪を揺らして、彼女、ナタリーが上機嫌に顔を覗き込んでいた。
「あら! おかえりなさいクリプト。ハックは残念だったわね」
「あ、ああ……交戦中の部隊を発見したのは良いが、見つかって撃たれてしまった」
立ち上がって彼女から目を逸らして呟く。嘘ではない、が元はと言えば取らなくて良いリスクを取った行動のせいなので少々バツが悪い。ナタリーに視線を戻すと、何故かまだ彼女はにこにこと笑っている。そういえば、ドローンから戻った直後も嬉しそうにしてはいなかっただろうか。
訝しげにしていると、同じように立ち上がった彼女が、楽しそうな声色で尋ねてきた。
「ねえクリプト。貴方は一体ハックでだれを見ていたのかしら」
「だれ、とはまた随分限定的だな」
ナタリーの意味深に聞こえる問いかけに首を傾げる。先程から、彼女の様子がおかしい。
嬉しそうで楽しそう。それらは的外れではないが、これは早く聞きたくて仕方がないといった好奇心に依るものではないか?
また端的に結果を伝えようとしていた口は、彼女のとんでもない発言で閉ざされることになってしまった。
「だって、だれかさんを見ていた貴方の表情、まるで恋をしているみたいだったもの!」