テセウスとアルバス 大広間の一角がにわかに騒がしくなったので、テセウスは手紙に落としていた視線を上げた。扉の前で、長身の男性が教師と話している。鳶色の髪は、ほのかに濡れているのが見て取れた。外では雪が降っているらしかった。
周りの生徒たちも、その男性の存在に気づき出したようで、長テーブルのあちこちから興奮した囁き声が上がる。鼓膜で捉えた名前に、テセウスは納得する。ホグワーツ魔法魔術学校に通う生徒で、その名を知らない者はいないだろう――アルバス・ダンブルドア。我が校始まって以来の秀才であり、呪文や変身、錬金術など多彩な分野で才能を高く評価されている、極めて優れた魔法使い。
つい数年前までここに在籍していた彼が、今度は教鞭を取る側になるという噂は本当なのだろうか。それが現実となることを、多くの生徒が待ち望んでいる。収まるどころか徐々に大きくなっていくざわめきが、そのことをを表していた。テセウスは小さく嘆息し、母からの手紙を折り畳んでローブのポケットにしまった。愛すべき大広間だが、今は何かに集中するに相応しい空間とは言えなかった。
テセウスが所属するハッフルパフ寮の談話室は、ここから遠くない。テセウスは立ち止まる生徒たちを避けながら、足早に扉へ向かう。近づくと、ダンブルドアの声が聞こえてくる。落ち着いた、それでいて笑みを含んだ、よく通る声だ。人に指示をするのに向いているな、とテセウスは思った。教室で、その声が自分を指すことを想像する。
すれ違いざま、思慮のある色をした青い瞳が、こちらを見た。それは確かに、事実として、アルバス・ダンブルドアの視線は、テセウスを捉えていた。が、テセウスが他の生徒たちのように口を開けて立ち止まったりはしなかったため、二人の眼差しは、何かを生み出すほどの長い時間は絡まりはしなかった。
テセウスは、間もなく訪れるクリスマス休暇で戻った家で、あちこち活発に歩き回るようになったらしい弟と、何をして遊んでやろうかと考えるので極めて忙しかった。
大広間の扉が開く。テセウスが廊下に出ると、噂を聞きつけた生徒たちが集まりつつあった。それをどうにか躱して、談話室に続く扉を潜った。石段を降りる途中で出会った同級生に、「アルバス・ダンブルドアが来てるって?」と尋ねられたので、テセウスは「どうやらそのようだ」と欠伸混じりに応えた。