秋晴れの下でまた。東京は冷えますねー。と仙台生まれの優太は、学生服の袖の上から両腕を擦りながら言っていた、昨日の朝。
仙台の方が寒いんじゃないのと聞いたら寒さが違うと言われた。
新幹線からホームに降り立つと、ああ確かになと身体に吹きつける冷えた風で身震いした。
任務続きで夜に東京から最終発の新幹線に乗り、仙台駅に着くなりそのままタクシーで郊外。山奥の旅館にて呪霊退治。また駅周辺に戻り適当なホテルで一泊し、早朝に山形。
朝から気だるい体に鞭を打ち山に山を越え向かうと、図体がデカいだけで特級にも及ばない。
呪霊は僕の指が右から左へ横に動かせば、弾け飛び呆気なく消えた。
任務完了。
時間にして5分。移動時間約2時間。
「はぁー…。こんなの僕じゃなくても現地の1級に任せれば終わるのにさぁ。どうせ嫌がらせでしょ。あーもう帰ろ」
連日の任務でヨレヨレになった目隠しをサングラスへ変える。
んー、包帯だと連日付けるのはキツイな。
電車に揺られ仙台駅へ戻り時刻を確認すると、午後13時。
新幹線に乗る時間まであと1時間余りある。
昼を取るにしても慌てて食べることになるのなら、いっそ駅弁でも買って車内でゆっくり食べた方がマシだ。
そうなればどこかで時間を潰そうと、新幹線の出入口で彷徨いていれば、差程離れていない場所に喫茶店を見つけ駅内では珍しい手動の扉を開けた。
人は疎らだが防音がされているのか、外の騒音は遮音され店内は静かだった。
ここなら乗るまでの間ゆっくり出来るとレジでホットココアを注文し席を探した。
店内は丸いテーブル席が大半で、出入口を入って直ぐ大きな窓が正面に見える。
そこはカウンター席になっており、その右端。
ピンクブラウンの髪が外の光に反射してフワフワ揺れている、やけに目立つ髪色の子がいた。
何気なく目について、足を向ける。
学生服であろう黒い上着の襟から赤いフードが出ており、背中にかけて垂れている。
肩を山にしながらその学生は、机に齧り付いて必死に何かを書き込んでいた。
背後から覗き込むと、どうやら勉強中のようだ。
広げた教科書とノート、右に寄せられたトレーにはコーラと皿の跡から見てデザートを食べていたようだ。アイスの溶けた跡がある。
何度も消したのかノートの上には黒い小さなカスが散らばり、シャーペンを持った指が止まっている辺り難問に打ち当たっているのが分かる。
「ここ。代入するまではいいんだけど掛けた時の分数が違う。1分の3にすると解けるよ」
「あ、ホントだ!…て、え?」
「ごめん。つい目に入っちゃってね。お節介しちゃった」
ノートの一点に指を突いた手を引きながら、急に声をかけたことを謝った。
「いや、分からなくて躓いてた所だったから助かった!ありがと!」
消しゴムで間違えた所を擦って直してこちらに向けられた顔は、ニッと口角を上げた笑顔でハキハキと礼を言う姿に惹き付けられた。
普段、呪術高専の生徒からは先生と慕われることは悲しいが、まず無い。
そして呪術師を育てる場、将来は同僚になる。
僕があまり堅苦しいのが好きじゃないから、みんな下の名前で呼んだりしていて接し方も基本的に友人に近い。上下関係は無いに等しい。
だから教えた事に対して、こんなに純粋にお礼を言って真っ直ぐ返してくるなんて初めてだ。
呪術のじの字も知らないこの子に、もう少しお節介をかきたくなってきた。
隣に腰を下ろして先程買ったココアをカウンターに置く。
「もしお邪魔じゃなかったら教えようか。こう見えて先生してるからね」
「え!いいの!?てか先生なの?見えないけど…」
「よく言われる〜」
キラキラを眩しいぐらいの眼差しをくれた彼は、中学3年生のようで受験真っ只中らしい。
「本当は今日、午前授業で放課後に友達と勉強する約束だったんだけど、家の用事で帰っちゃってさ。お兄さんが教えてくれるなんてラッキー!」
白い歯を見せニコニコしながらじゃあ早速と教科書をペラペラと捲り、ここも分からないと指さしながら聞いてくる彼に頷きながら、教えてゆく。
試しに問題を出してみたが難なく答えられた。
「あ、出来た。これ全然解けなかったやつ」
「飲み込みが早いんだね。これなら応用効かせて他のも解けるはずだから、忘れないようにしておけば大丈夫」
「おお…!ありがと!お兄さんが教えるの上手なんだよ。先生の話聞いても訳分からん。お兄さんって先生って言ってたけど高校?大学とか?」
「高校だよ。ちょっと専門科になるけど。君みたいに素直な子居ないから新鮮だよ。うちに来て欲しいぐらい」
「ははっ、俺運動には強いけど勉強苦手だからなぁ。専門って大変そうじゃん。高校はこの辺?」
「いや。出張で仙台に来てて高校は東京。君と変わらないぐらいの子も教えてるよ」
「へー東京かー」
じゃあもう教えて貰えないや。
先程まで動いていたシャーペンは、ノートの上をトントンと突いて口は尖っていて寂しいと言っているようだ。
そんな姿をされてしまうと顔が緩みそうになる。
こんなに僕に懐いている彼の姿を恵が見たらどんな顔するかな。
呪術師には居ないくらい明るくって人懐っこいタイプに心が引き寄せられ、少しばかり離れ難くなってきてしまった。
新幹線に乗るまでの間に寄った喫茶店で会っただけ。頑張って問題を解いている姿をみて何となく声をかけて、分からない所を教えて、たまに雑談をする。
そんな短い間だけで、もう会うことは無いと思ってしまうと不思議と少し寂しく感じる。
でも
「僕も出張でよく仙台に来ることがあるから、また会えるかもね。君の髪色ならすぐ見つけられそう」
フワフワと揺れるピンクブラウンの髪は直ぐに目に付いた。また目に止まれば思わず足を向けてしまうだろう。
「あっはは、友達にもよく言われる!遠くにいても見つけやすいって。じゃあ次もし見かけたら声かけてよ。俺もかけるからさ。お兄さんイケメンだし身長高いからすぐ見つけられる自信ある!」
「はは、嬉しいね。分かった」
じゃあ約束。
僕が小指を差し出せば目をまん丸にしてキョトンとした顔を見せたと思うと、顔をクシャクシャにして嬉しそうに笑って彼は自身の小指を絡めた。
「約束!」
1年後。
「あ、そういえばゆーじって中学の頃、西中の虎って異名を持ってたでしょ。やっぱりゆーじも、やんちゃだったんだねぇ」
とある秋晴れの日。
朝夜は冷えるが日中は日差しが暖かく青々しかった木々の葉は既に黄金色に色付いていた。
談話室で新作の和栗アイス見つけちゃった!と昨日の任務帰りに立ち寄って買ったコンビニのアイスを片手に、テレビを観ながらソファに座る悠仁を見つけた。
隣に腰を下ろし、可愛い虎の赤ちゃん!とアナウンサーの声が聞こえてテレビに目を向けると、フワフワしたぬいぐるみのような小さい虎が飼育員の腕の中に収まっている。その姿を見て、ふと思い出し口にすると顔を真っ赤にした悠仁がこちらを向いた。
「ばっ、!何で知ってんの!?」
「ゆーじが受肉して眠ってる間に身元調査で調べたんだよねー。いやー、呪霊に対して初めっから怯まないし寧ろ喧嘩慣れしてるなぁと思ったけど、異名あったとはねぇー」
「せ、先生その話はヤメテ…」
「ん?何で?」
「は、恥ずかしい…ダサいし…」
スプーン右手にカップアイスを左手に持ちながら両腕で顔を隠す。
耳は真っ赤に見えてるけど。
「ゆーじなら異名カッコイイ!って言いそうなのに」
「喧嘩で変な異名が独り歩きして、結果虎って…恥ずかしいでしょ…」
うーと唸りながら、腕の隙間からこちらを見てくる瞳は恥ずかしさの余り潤んでいる。
ふふ、可愛い。
「ゆーじ、約束。覚えてる?」
「ん?約束?」
「え、覚えてないの?寂しいなー。僕にとってあの約束、実は呪い(まじない)なんだよね」
「ま、まじない…?」
腕を下ろして顔を見せた悠仁は眉間にシワを寄せてウンウン唸りながら思い出そうとしている。
あんなに親切に教えたのに覚えてないの?寂しいなぁ。
苦笑いを浮かべて、ごめんと言う悠仁のスプーンを持った小指に僕の小指を絡める。
最近冷えてきたというのにアイスを食べて進めていたその手は、子供体温なのかポカポカと温かい。
「あの時、また会いたいなって思ったし離したくないなーって思ったんだよね。呪い(まじない)も一種の呪い(のろい)って知ってる?僕がやると強力な呪いになるんだ」
絡めた小指を縦に数回振ると思い出したのか体が揺れ目を見開いた顔がこちらに向いた。
「あ、…あれ。…、あ。そっか。…先生だった。うん」
どうやら思い出したらしく、懐かしそうに口元を緩ませながら口を開いた。
「あの後、あのカフェにたまに行ったけど居なくて。会えたらまた話したいなって思ってた」
「うん。再会の仕方は僕でさえも想像以上だったけど。ふふ、うん。会いたかった。僕の高校、確かに専門科でしょ?」
「ふはっ、専門って次元違うじゃん。まあ編入してたしかに今は俺の先生になったし。ね、お兄さん?」
クスクス笑いながら、またスプーンでアイスを掬って口に運ぶ。
あの時も飲み物と一緒にアイス食べてたな。
目の前にいる悠仁を見ていると、受験勉強を頑張っていた悠仁の姿と重なって胸がジワジワと染みる様に温かくなる。
またあの笑顔を向けてくれる。
呪いをかけて良かった。
「ゆーじ」
「ん?」
「会えてよかった?僕は良かったよ。こうやって色んなこと教えれて。先生としても。恋人としてもね」
再会の仕方は最悪。恵から連絡が無いからトンでみれば血だらけボロボロ。傍らに立つ悠仁は宿儺の指食べちゃてるし何故か半裸だし死刑の身になるし。
でも駆けつけた時すぐに分かったんだよ。
あ、あの子だって。
名前も聞き忘れちゃった子。
ピンクブラウンの髪色でパーカーを着てキラキラした目で真っ直ぐこちらを見る子。
なんで僕が制服をパーカーに変更したのか、気づくかなって思ったんだけど。
せっかく口に入れたアイスが直ぐに溶けちゃいそうなぐらい、また顔が赤くなった。
「そ、そりゃ会えてよかったに決まってるじゃん。約束、守ってくれてありがと」
目が泳ぎながらも瞬きしたと思えば目線を真っ直ぐこちらに向けて、初めて会った時のようにニッと口角を上げて笑ってお礼を言う姿がどうしても可愛くて。
ああ、あの時に既に惹かれていたのかもしれない。なんて、初恋みたいな言葉が心の中でもれてしまう。
溶けたアイスでテラテラ光る甘そうな口元に唇を寄せる。
まあ、初恋なんだけどね。