逢瀬五条先生が獄門疆に封印されてから約1ヶ月がたった頃。
日が沈み、呪霊の出現も減った深夜帯。
脹相は日々呪霊と対峙し、寝る時間も少ない悠仁が気になっていた。
目の下には若干隈ができ、以前の生活とは180度変わってしまった。
呪霊が暴れ廃墟と化した繁華街の外れ、窓ガラスの割れたドアも無い高層ビルへ入り、もう寝ろと声を掛けた。
「でもいつ呪霊が来るか分かんねぇじゃん」
「なら外で見張ってる。数時間でも良いから寝ろ」
先程道すがら服屋であったであろう店から拾ったジャンパーを悠仁に投げる。
「寒いだろうから着て寝ろ」
「…分かった。起きたら替わる」
横目でこちらを見ながら脹相は外へ足を向けた。
その姿を視界の端で捉えながら横になり、ジャンパーを上に掛ける。
最近では、すぐ動けるように座って寝ることが多かったからか睡眠が浅く日中でも食べながら船を漕いでることが多かった。
脹相は気づいたのだろう。
変に気を使わせてしまったと思いつつも、もしヘマをして更に迷惑をかけるよりか今は、体力を回復させた方がいいと思い、深く息をつき目を閉じた。
幾分経っただろうか。
感覚的にはまだ1時間ほど。
ふっと意識が浮上し、おぼろげながら何気なく頭だけ横に向けた。
なんだか、暖かい気がして。
脹相は外にいる。
では誰だろうか。
嫌な感じはしない。
寧ろ知っている雰囲気と頭をフワフワ撫でる優しい感覚。
ボヤける視界が、徐々に鮮明になってゆく。
黒い服に銀髪のような白髪のようなキラキラした…髪?それに黒い…目隠し?
「ご、五条先生!?」
まさかそんな訳が無い。
にわかに信じ難い、目の前の人物に慌てて起き上がろうと上半身を起こすが力が入らない。
まさか姿だけ似せれる呪霊かと思ったが、やはり雰囲気も感じる呪力も五条先生そのもの。
目線を顔に向けると撫で続けていた手を止め、口元だけでも分かるぐらい柔らかく微笑んだ。
「…………」
「え、何?なんて言ってるの?聞こえない」
五条先生は口元は動いているが声は見えない壁に拒まれているように、まったく聞こえない。
悠仁の声は聞こえているようで、柔らかった表情は一瞬固くなり口元は一文字を作るように閉じた。
けど、また柔らかく笑ったと思ったら頬を撫で始めた。
頬からおでこ、鼻筋を通って口角へ。
それは顔に出来た傷跡を追うように。
声が聞こえないと分かったからか、ゆっくりと五条先生は口を動かした。
「おとこ…まえに…なった?ふっ、何それ。そんな事ないよ。助けられてばっかりだよ」
スリスリ頬を撫でられながら目隠しの奥にある目に視線を向けた。
笑っているが、どこか表情が硬い。
ああ、心配してるんだなぁ。と思いながらも優しく撫でる手の安心感に浸かっていたが、この現状は何故起こっているのか。
その事にハッと気づき口を開いた。
「先生、何でここにいんの?今獄門疆の中じゃないの?体もなんか透けてる?ように見えるけど」
今の五条は悠仁の真横に腰を掛けている状態。
体は微かに透けていて、五条越しに向こうの景色が薄く見えている。声は聞こえないが、触れる事は出来る。
「……死んでないよね?」
突然の不穏な質問に五条は両腕で大きくバッテンを作った。
そりゃ術術師最強だ。封印されたからって死ぬことは無い。
「良かったー…。じゃあ何で姿が見えるの?」
また頭をフワフワ撫でながら、ゆっくりと口を動かした五条は訳が分からない事を言った。
「さくや?…だから?え、何?さくやって」
頭の上に沢山のハテナを浮かべた悠仁の姿に、クスクス笑いながら細くて長い指は上を指した。
そこには暗闇と月明かりが照らされてない雲が漂っているだけ。
「空?空と関係あんの?」
それだけを示した五条は悠仁の目の上に大きな手のひらを乗せる。
すると不思議とまた眠気が襲ってきた。
まだ話したいのに。
眠気に逆らいたいが意識が途切れ途切れになり、暖かかった手のひらはいつの間にか消えていた。
ハッと目が覚めて起き上がると、もう隣には誰もいなかった。
はぁとため息をつく。
あまりの疲労に夢で五条先生にあったのかなと思ったが、しっかり掛け直されていたジャンパーで五条先生はやはり居たのだと感じれた。
何より頭に残る優しく撫でられた感覚が教えてくれる。
身を起こし身体に付いたホコリや破片を落とし、ジャンパー片手に脹相が見張ってくれている出入口へ向かう。
「脹相、ありがと。お陰でスッキリした。次脹相の番な」
「ああ。それなら良かった」
ジャンパーを脹相に手渡しながら、そういえばと思い出す。
「なぁ、さくやって知ってるか?なんか空と関係してるみたいなんだけどさ」
「さくや?…ああ、あれか朔夜か。月が見えなくなる夜の事だ。今日みたいにな。朔夜は呪霊の動きが弱くなるんだ。強いやつでも力が落ちる。そこを狙って祓ったりもすると聞いたことある」
「へー」
「それがどうかしたか」
「あーいや、人から聞いたけど意味知らんかったなーって。ありがとな」
「ああ」
ゆっくり寝ろよー。と背中を軽く叩きながら腰を下ろす。
空を見上げるが確かに月が見当たらない。
「そっか。先生最強だから、もしかして意識だけでも獄門疆から出てきたのかな」
んなわけあるのかな。
でも、そうだったら先生らしいなぁ。
スクリと笑いながら、まだ涼しかった風が少しづつ肌に刺すようになり、両腕を擦りながら膝を抱える。
「早く出して、またあんな風に撫でて欲しいな」
せんせ。
声に出さず、ただ口だけを動かす。
任務後に五条が良く頭を撫でてくれたみたいに。
さっきのように、優しくゆっくり撫でてくれたみたいに。
はぁ。と息を吐けば白くなった。