性癖を形にしたやつ 他人の身体は柔らかくてあたたかい。それも、好きな人の身体なら尚更だ。
見慣れた自分の部屋に、たったひとりのあたたかい存在がある。目の前のテレビ、木製のテーブル、趣味の本や漫画を並べた本棚。彼女を見てしまえば、自分の部屋にあるものは余計に、無機質で冷たいもののように感じてくる。
何の変哲もないソファの背もたれに身体を預けながら、自分の身体にすっぽりと包まれる彼女の身体を見る。男女の身体の違いは明らかだった。力の扱い方を間違えれば、潰してしまいそうだとも思った。
「なあに」
自分の身体がこわばったのが分かったのだろうか。彼女はこちらを向いて、なにかあったのかと首を傾げてきた。さらりと髪が動いて、ちらりと首筋が見える。
途端に、どうしても近づきたくなった。なるべくよわいよわい力で彼女の身体を自分に寄せて、そのまま近くなった首筋に顔を寄せた。
そのまま、なるべくなるべく痛くないように、歯を立てる。やわい肌の感触と、自分よりもな柔らかな肉を食む感覚に、少し心が落ち着いた。
何故かは分からない。安心するのかなんなのか。別に自分にはそういう趣味はないと思っていたのに、ふと魔がさしてしまった。
「ちょっと、どうしたの」
くすぐったいよ、と笑いながら彼女は言った。ああ、痛くなかったならよかった、と思った次の瞬間には、なぜか口に含んだその部分に吸い付いていた。舌に押し付けられる柔らかい感触が、心地よく感じた。味は特に感じないけれど、でも近くに彼女のにおいがするのは、ひどく心が落ち着く。優しい味付けの美味しいものを食べたときの気持ちに似ていた。
「まっ、いきなり、」
そんなふうに驚いている彼女の声と、少しこわばった身体の感触に、慌てて口を離す。抱きしめていた力も緩めて、改めて彼女の顔を見た。
「なんて顔してるの」
「……どんな顔?」
「がっかりしてて、寂しそう」
「がっかりしてて、寂しそう?」
何で自分で驚いてるの、と彼女はまた笑う。
がっかりは少しだけわかる。もう少しだけ、ああしていたかったからだ。けれど、寂しいというのは分からない。友人だってそこそこいるし、家族も健在だし、なにより今ここに、彼女はいるのだ。
「甘えたいの?」
彼女はにやりと笑ってそう言った。
甘えたいなんて、思ったことはない。けれどどこか、その気持ちに覚えがある気がする。少し考えて、
「甘えたい、のかもしれない」
と答えた。
「きみがいるからかもしれない。きみがあたたかいから、もっと近づきたいと思った……んだと思う」
最後らへんは辿々しくなった。けれど、彼女はちゃんと聞いてくれている。そんな人だから、好きになった。
「じゃあ、わたしも」
太陽のようとか、そういう例え方をする笑顔ではない。けれど、彼女は不思議とあたたかくなるような、見ていて落ち着く笑顔を浮かべて、自分にぎゅっと抱きついてきた。自分の胸に、柔らかい顔が当たっている。
「こうしたら、もっとちかいでしょ」
そう言ってくる彼女に、
「うん。……この方がいい」
と返した。