俺の連れは何か。目の前に揃うやたら気品溢れる2人を見ながら、ついうっかり悪いことを考える。
今、デルカダールはそこそこ無防備ということなんだろう。
なんて言ったって姫様とその盾が城から離れているのだから。
「いいわね。外国。羽を伸ばせるわ」
マルティナは見慣れた軽装備を纏い、ぐぐっと背を伸ばす。
「姫様、あまり目立ってはなりませんよ」
「平気よ。貴方こそ、大きい図体でコソコソしないの。目立つから」
ハッ、と短く返事をしてグレイグは気持ち身を引く。
その返事が1番目立つというのを言ったら変に当惑させそうなのでやめておくか。いや、指摘してもそれはそれで面白いのかもしれない。
繋ぎに弱い酒を水がわりとし、口内を少し湿らすと、「あ!」と隣で勇者様が髪を靡かせながらその顔を大きく揺らす。
どうやら店の入り口の方で動きがあったようだ。
コップを置きながら少し振り返ってみると、王族の誰かより目立つ人物がようやく到着したらしい。
「シルビア! こっちこっち!」
イレブンが大きく手を振ると、彼女、もしくは彼は息を呑むように口に両手を当てたかと思えば、長い足で素早く合流してきた。
「ごめんなさい、イレブンちゃん。それにみんなも。待たせちゃったわよね」
「いいよ。それは先に聞いてたし」
「えぇ。なんならもっと遅くなるかと思ってたぐらいだわ」
「そうですわね。シルビア様はもう、世界のシルビア様ですから」
「んもう! セーニャちゃんったら、それは前からよ!」
パタパタと手に持つ扇子を素早く振る仕草を見るあたり、どこまで有名人になってもこいつは変わらなそうだなと思う。派手派手しい見た目なのに変に落ち着くのだから奇妙な話だ。
「ロウちゃんも変わりはない?」
空いている席に腰を下ろしながらシルビアが隣の席に声をかける。
「わしは変わったぞ。ユグノアの話が前進しとるからのぉ」
「あらっ、ステキ! そうなのイレブンちゃん! もう、隠し事なんていけず!」
「ごめんごめん。その辺の話も今日報告できたらと思うよ」
「そうね。楽しみにしてるのよ、その話。ってことで、イレブン、音頭をよろしく」
子供姿の誰かに催促され、イレブンは「はーい」とどこか締まりなく答えながら腰を上げる。
「じゃあ、なんか良くわからないけどカンパーイ!」
そんなのがあるかよ、と思わなくもないが、まぁそんなものか。
かつての仲間が集まるのに深い深い理由がなきゃいけないなんてたまったもんじゃない。
◇
「じゃあ、お城の設計図はもう完成してるのね」
「うん。次は城下町って言うのかな。どういう街にしようかって考えてるところだよ。ね、お爺ちゃん」
ロウは目を細めて数回首を縦に振る。
前々から見かけていた表情ではあるが、普段大きく表情の変わることのない老人故に濁りなくその心境が押し出されているような気がして少し言葉を呑む。
悲願の達成が絵空事ではなくなりつつあるというのだから、相好も崩れると言うものか。いや、単純に孫にそう呼ばれるのが嬉しいだけの可能性もある。
「楽しみね。本当に」
マルティナのしみじみとしたつぶやきにグレイグが唐変木ながらも一つ頷く。
「何か力になれることがあるなら言ってね、イレブン。ユグノアの復興は全世界の望みなんだから。ロウ様もですよ」
「そう言ってくれると心強いのぉ。じゃが、デルカダールも色々とあるじゃろう。もう落ち着いた頃合いか?」
ロウの問いに姫と騎士は顔を見合わせる。
ユグノアはもう何年も前に滅んでしまっているものだから、失うものは何もない。
作るだけなのだ。
それに対し、デルカダールは損失があった。
優秀な騎士を一人失くしている。
失くしているし――亡くしている。
彼の詳細は巧妙に伏せられることとなった。
そうでなければ、彼はこの先一生裏切り者として名を残すこととなってしまう。
それが間違いのないことである以上、一度捕虜にされ捕縛された身としては構わない話だが、自分と違い二度と贖罪が果たせないのだと思うと恨み節も言えなくなった。
国が彼を見捨てないというのならこっちが口を出せることはない。
その葬儀に勇者様自ら参列すると進言したこともあって猶更。
それと同時期に何年も行方知れず出会った姫が帰還したのだから、国民は喜べばいいのやら悲しめばいいのやらひどく混乱したそうだ。
それに乗じる不埒な輩の眼を潰してほしいと内々的に頼まれたこともあったっけ。
そんなとある男のことは伏せ、姫は凛と答える。
「数年も留守にしてしまうと色々と知らないことも増えていて大変よ、毎日」
「……姫様が国を出られたのは幼少の頃でしたからね。勉学もまだまだなお年頃でございました」
「そうなのよ。今から王政のあれやこれやを覚えろと言われても苦痛だわ。ロウ様に教えてもらっておいてよかった」
「そうかそうか。役立てたようで何よりじゃよ」
「やっぱり、お姫様って大変なのねぇ」
テーブルに量の手で頬杖を突くシルビアにマルティナは「あら」と切り返す。
「貴方も大変でしょう。毎日のように芸を作ってるそうじゃない」
「んー。でもアタシは好きでやってるから大変だとは思ってないわ。使命よ、使命」
「それ、素敵な響きね」
マルティナは優美に微笑みながら、豪快に酒の入ったコップを呷る。
どうやら城から出れたのをいいことに羽目を外しているらしい。
「使命といえば、セーニャちゃんとベロニカちゃんはどうしてるのよ」
ずいっ、とシルビアは正面に座る双子の方へ身を乗り出す。
「わ、私は……」
「もー、うじうじしないの。自分で決めたことに自信を持ちなさい」
姉にせっつかれ、セーニャは気合を入れるようにぺちぺちと自分の頬を叩く。
「メ、メダル女学園で、教職をとることになりました……」
「そうなの!? え、ベロニカちゃんも!?」
「あたしは断ったわ」
そうしれっと答えるベロニカの袖をセーニャが引っ張る。
「そうなんです! お姉様、お断りになったんです! てっきりお受けになると思っていたのに、だから心細い限りで……!」
ブンブン、とセーニャは姉の袖を横に振る。
それこそ女学園に通う生徒でもしなさそうな幼い仕草だが、姉は気にせず話に釘付けの仲間たちの方を見たまま話す。
「あたしは元の姿に戻らないとだから。それが終わったら手伝いに行こうかなって思ってるけど」
「そうね、ベロニカはそれが先ね。どう? 目処は立ちそうなの?」
「んー、もうちょっとな気はするのよね。今リーズレットと劇薬を作ってるところだから、それが成功したら戻るかもしれないわ」
「それで、そのあとお姉様は、きっとそのままクレイモラン所属の魔法使いになるんです!」
「もー、アンタいつまで拗ねてんのよー」
よしよし、と妹の頭を撫でるベロニカ。
相変わらず見た目が逆転している姉妹である。
「セーニャったら可愛いんだから。お姉さん離れできないのね」
マルティナが微笑ましい視線を向ける中、セーニャは小さな姉の膝で「わーん」と噎び泣きを始める。
「アンタ酔ってんでしょ。はいはい、あとは水だけにしときなさいよ」
「でも、珍しいね。セーニャがそんなぐずるなんて」
イレブンが覗き込むように身を乗り出すと、セーニャはぐずぐずと目をこすりながらのっそり起き上がる。
「だって、お姉様と離れてもう何年もたちますもん……」
「……いや、経ってないでしょ」
「経ちました。気持ち的には100年経ちました」
「あー、はいはい。100年経ったらアンタもあたしも死んでるから。生きてるんだから経ってないのよ」
「でも2年経ちました」
「……」
そうね、と硬い声で答えながらベロニカはセーニャの背をさする。
「お姉様が家を出て、もう2年です。それで、女学院にて魔法を教えないかという話が来て、それだったらまたお姉様と一緒に入れると思ったんです、私。でも」
「……」
ぽろぽろと話を吐き出すセーニャに全員が耳を傾ける。
傾けながら各々互いの顔を見合わせて「2年?」と疑問を顔にする。
話をさえぎって聞きたいような。でも駄々っ子になっているセーニャから聞けることを先に聞き出したいような。
そんな野次馬精神が誰もの顔に浮かんでいる。
「お姉様は今日もクレイモランにお帰りになるんです……」
「ちょっと、セーニャ……」
「いいのです。そのことは。お姉様が幸せならセーニャはそれでいいのです。いいけど……」
そこまで言うと、セーニャの首がこてん、と折れる。
そしてそのままふらふらと舟をこぎ始める。
「……え。そこで寝落ちるの?」
嘘でしょ、とベロニカが揺するが、彼女から帰ってくるのはもうむにゃむにゃとした言葉にならない音の粒のみ。
「そうなの? ベロニカ。貴方、実家を出たの?」
「え。えーっと……まぁ、見ようによっては?」
「それはリーズレットのところに住み込みで研究してるということ?」
「……えーっと」
あはは、とベロニカは三つ編みを触りながら笑う。
苦々しく笑われてしまっては逆効果だというは本人も分かっているのだろうけれど、咄嗟の言い訳が思いつかないらしい。
普通に一々下山するのが面倒だからとか、それっぽいことでいいだろうに。
弁が立つくせに変なところで正直者なんだよなぁ、こいつは。嘘と無縁の生き方をしてきたのだろうというのがよく分かる。
「ま、まぁ、そうね。城下町に部屋を借りてるのよ」
「あらそうなの? ってことは、今独り暮らし?」
「え、えぇ……」
やや歯切れが悪いのを周囲は妹に後ろめたいからだと思ったのか、それ以上踏み込もうとはしなかった。
「だからセーニャちゃんがこんななのね。定期的に帰ってあげたら?」
「ん、んー……。そうね、考えてみるわ」
「……」
彼女たちのことを数歩引いたところで見ているカミュには、勇者が神妙な顔を浮かべ始めているのが良く見えていた。
普段柔和な表情をしているくせに偶にそういう顔をする。
よく見てきた。
自分がクレイモラン付近で寄ってほしい場所があると言った時もそう。
ぽやぽやしているように見えて意外と視野が広いのだ。この勇者は。
問題なのは、なまじ解決できるだけの実力があることだ。
だから深入りするだけの決断が速い。
けどここで自分が大したことじゃないと口を挟むのは変な話なので、彼女の動向を勇者様同様に見守るしかない。
が、勇者様の動きをひしひしと悟っていたのは彼女も同じらしく。
まぁ無理もない。
彼女本人も自分がイレブンに目をかけられている自覚はあったようだし。
そうやって周囲には鋭い上に厳しいくせに自分のことは頑ななあの性格、どうしてやろうか。
酔わせて吐かせるのも手ではあるが、どうにもそんな強硬手段に出た暁には彼に絶縁を言い渡されそうな気がして及び腰になる。
あの勇者には世界中のすべてに秘密にしている何かがある。
それを容認してやってるんだからこっちの些細な秘密ぐらい見過ごしてもいいだろうに。
「ねぇ、ベロニカ」
イレブンが口を開いたところでびくり、と彼女の小さな肩が大きく跳ねる。
「な、なに、イレブン。そんな、なんかにじり寄るみたいな声出して」
「え? 何その声。まぁいいや。それよりベロニカ、何か隠し事があるでしょ」
「……何を根拠に言ってるのよ」
「クレイモランで何か起きてるの? 本当にただ寝泊まりしてるだけ? ……君の力を借りなければならない何かが起きてるんじゃなくて?」
「そ、」
そうきたか。
彼女の口が大きく開いたまま固まる。
それだったらむしろ隠す必要がないのだが、発想の範囲外が事実なので仕方ない。
勇者を騙すのが心苦しくなったのか、あるいは心配させるのに胸が痛くなったのか。
まぁ分からなくもない。
なので彼女の救援を求める視線にこたえることにした。
「それ」
カミュが端的にそう言い、指をさす。
全員がおもちゃをぶら下げられた猫よろしく、音の下ほうである自分を見て、それから指先をたどって彼女に視線を戻す。
「妻にした」
誰の。
少しの沈黙の後誰かが呟く。
「俺の」
数拍の静寂。
これは誰も理解できていないということか。
あるいは志向がついてきていないということか。もしくは正しく脳内で変換できていないのかもしれない。
それはそれで別に構わねぇが、もう頃合いだろう。
「俺の妻」
事実を述べ上げると、数人の視線が自分と彼女の間を往復し始める。
「言い方が他にもあるでしょぉ……」
一同が目を白黒させる中、彼女が隠れるように赤い頭巾を深く深く被り直す。
「え、ベロニカ。ベロニカにとって、あの人は――」
「……ウチの人」
「他に言い方あるだろ……」
うるさいうるさい! とやや気を荒げながらベロニカは前髪をぐしゃぐしゃと乱す。
うるさいって。
当初は浮かれながら『アナタ』とか呼びかけてたのはどこのどいつだと思ってるんだか。このチビは。