MVP:今剣「……が好きで…」
「なら……いったほうがいいですよ!」
「でも……だし…」
「だいじょうぶですよ!だって…」
縁側を散歩していた加州清光は、そんな声を聞き慌てて耳をそば立てた。
主と今剣が襖の向こうで恋バナをしている気配がしたからだ。
彼は恋バナの気配には敏感だった。それはもともとそういう話が好きなのもあるし、相手が何よりも主だからである。
肝心の誰が好きなのかは聞こえなくて、今剣が応援してるあたり、今剣ではないのだろうということしかわからない。
今剣が応援するなら…岩融?
そうなの?背が高いほうが好きなの?
ただの推測でしかないのに、清光は悶々としてしまう。
清光は主が好きだ。特別だと思っている。でも向こうは全員と仲がいいものだから、近待であっても本当に1ミリも安心できない。
できればこっちを振り向いてほしい。自分をもっと愛してくれないだろうかとかまあ、いろいろ思っているのだが。
清光は会話が聞こえなくなってしまったので、諦めてノックをした。
「主、今日の依頼が届きましたよーっと」
「ど、どうぞ!」
「あ、かしゅうさんこんにちは!」
部屋の隅で体育座りをして話している二人はずいぶん微笑ましく、それでいてますます怪しく思えた。
「はい、これで全部ね。遠征はそろそろ行くみたいだよ」
「ありがとう、清光」
「そんで、なんの話してたの?何が好きーって聞こえてたけど、恋バナなら混ぜてよ」
自分がかわいく見えるようにするのは得意だ。おねだりすると話してくれるのが主人の甘いところである。
しかし、それを聞いた今剣は首を傾げる。
「こいばなっていうか…」
「その…食べるのが好きって話なんだけど…」
「そーなんだ」
なんだ。清光は拍子抜けしたように返事をする。確かに彼女は普通にご飯をおかわりしたりデザートも食べたりする。おいしそうに食べるところもかわいいんだよなとか益体のないことを考えていると、ちょっとだけ小さな声で少女は言った。
「みんなが作るご飯が美味しすぎて太っちゃったんだよね…でもそのために量を減らしてほしいって言うのは恥ずかしいじゃない…?」
主は清光に絶対に目を合わせようとしなかった。でも耳が真っ赤に染まっているのが隠れていなくて、すごく恥ずかしいと思っていることだけはわかる。
かわいい。
「主はちょっと太ったってかわいいよ」
「私は気にするの!」
清光はそう言って少女の頬をつつく。すごく不満そうな顔をしている自分の主を見たらすっかりもやもやが晴れてしまって、まあいっかと笑みがこぼれる。
「もともと細いんだし…あ、そうだ。おやつに羊羹持ってくるね」
「ようかんですか?やったー!」
「私はいいってば…行っちゃった」
今剣には大きめに羊羹を切ってあげなくちゃ。
清光は鼻歌交じりに、笑みを隠そうともせず台所へ向かっていった。
「…あるじ、ごまかせてよかったですね」
「…黙っててくれてありがとう、今剣」