転スラ妄想劇場 マサユキ君とヴェルグリンドさん マサユキは読んでいた本をパタンと閉じ、休憩用に拵えたソファーのテーブルに本を置いた。
タイトルには「帝国史~勇者ルドラの軌跡~」と装飾がかった文字で刻まれている。
帝国の臣民ならば子供の頃に最初に学ぶ皇帝の物語だそうだ。
帝国の歴史を教えてくれる講師に「よかったら」と渡されて読み始めたのだがと読まなきゃよかったと軽く後悔した。
ルドラはマサユキの前世の人物だ。
勇者であり、小国にすぎなかったナスカ王国を東の帝国と呼ばれるほどの大国に導いた人物だ。
前世の人物というだけならばマサユキがそれほど気にする必要もなかっただろう。
更に言えばルドラが皇帝となったのは気の遠くなるほど昔の話だ。
普通に考えればルドラは人間なのだから、その玉座は既に代替わりを何度もしているであろう。
しかしここは異世界である。
マサユキがいた世界ではありえない事だが、彼は秘術を用いて記憶を持ったまま生まれ変わりを続け、つい最近まで皇帝としてその座に座り続けていたのだった。
マサユキにルドラの記憶がないのはマサユキの身体に魂が宿る頃には記憶を受け継ぐ事が出来ないほど魂が摩耗していたからである。
ルドラの恋人でもあるヴェルグリンドがマサユキをルドラの生まれ変わりと認めたがマサユキとしては歴史上の人物くらいの実感のなさだ。
ラノベや漫画だけでなくオカルトな類の話では織田信長の生まれ変わりだの天草四郎の生まれ変わりだのという話はいくらでもあったが、まさか自分にそんな話が舞い込んでくるとは思いもよらなかった。
偉大な皇帝の生まれ変わりと期待は日々大きくなっている。
期待に応えたいという気もちはマサユキもあるが、重すぎる期待はプレッシャーであり苦痛だ。
なんちゃって勇者であり、成り行きで皇帝を引き受けたマサユキと比べる事自体が失礼になるほどの偉人なのだ。
「……ルドラさんと比べられても困るんだよなぁ」
誰にという訳ではないがそっと呟いた。
「あら? 私はルドラとマサユキを比べた事なんてないわよ」
驚いて声の方を向くとヴェルグリンドがお茶とお菓子を持って現れた。
マサユキの返事など待たずにさっさとマサユキが好むお茶とお菓子を用意してくれる。
マサユキは姿勢を正して座りなおした。
「どういたしまして。マサユキったら授業以外にも本を読んでいたの?」
「休息は大事よ」と言いながら、お茶の香りが漂うティーカップを差し出された。
「ありがとうございます。この本を勧められて……皇帝なのに帝国の歴史をまるで知らないのはどうかと思って読んだんだけど……ルドラさんの凄さに圧倒されてしまいました」
「ふふ。この本はルドラの指導で色々と省いたり、盛ったりしているからね」
「え。盛ったり?」
「ほら。例えば序盤に書かれている「魔王討伐」の話で魔王ギィ・クリムゾンを成敗に行ったって書いてある箇所があったでしょ? あれはギィの財宝を略奪に行ったのよ」
「は?」
「あの頃は国も小さくてね。国の行事をするだけでもけっこうなお金も必要だったからね。私に任せてくれたらよかったのにルドラったら変に意地を張って自分で調達するって聞かなくて」
「えっと。それで……その魔王さんは怒らなかったんですか?」
「最初は呆れていたみたい。だけど何度か戦ううちに仲良くなってね」
クスクスと懐かしむようにヴェルグリンドが笑った。
「とにかくね。その本に書いてあるルドラはちょっと捏造とまでは言わないけど美化しすぎだから信じない方がいいわよ」
「……そうなんですか」
「っというかルドラと貴方を比べるような身の程をわきまえない愚か者に何か言われた?」
ヴェルグリンドの不穏な空気が漂う質問にマサユキはこれまでにない高速で首を振り否定した。
「誰も何もいいませんよ。むしろ何をやっても褒められてかえって申し訳ない感じです」
「あらあら」
「それにルドラ……さんと比べるなんてこと」
「……っというかルドラとマサユキを比べる事は難しいわよね」
「え?」
「ルドラは周りの事情なんて気にしないし、マサユキの方が気遣いもできるんだけど……私にとっては些細な違いだわ」
「……そう……ですか?」
「あら? わかりにくいかしら? そうね……例えばこの前デートした私と今日の私とマサユキはどちらが好きかしら?」
テンペストの街を歩いた時にヴェルグリンドはいつもとは違うおしゃれなワンピースを着てドキッとしたが普段着でマサユキが好きなお茶を上手に淹れてくれたヴェルグリンドにもドキドキする。
どちらがいいかなど愚門。
どちらのヴェルグリンドも好きなのだから。
「……ワンピースを着たグリンさんも素敵だけど今の姿も好きです」
「フフフ。ありがとう。マサユキにとってはこの前の私と今の私は同じヴェルグリンドだと認識してくれたようにルドラと貴方は私にとっては同じ魂なの。ルドラがいたからこそマサユキへとつながった。そしてマサユキがいるからルドラが愛おしいと思えるのよ」
「……はぁ」
「フフフ。納得していない顔ね。マサユキはルドラの頃の記憶がないからルドラと貴方が別人だと思ってしまうでしょうから私が言っている事がわかりにくいかもしれないけれど、ルドラがそうだ ようにマサユキはルドラがやった事など気にしないで思う通りに生きてくれたら私は嬉しいわ」
「グリンさん。僕はルドラ……さんと比べても剣術はからっきしだし、頭を切れるほうじゃないし、比べるのも申し訳ない気持ちではいるのですが貴方にふさわしい男になれるように努力します」