無題「治を駄目にした」と連絡を受けた侑。いつもの如く、北のセーフハウスで待っていたらこれだ。カッと血が頭に昇る感覚の後は覚えていない。地下へのエレベーターすら待つのが億劫だった。
「サム!」
いつになっても治のことを心配する。侑のことを心配する治も時々いるが、稀である。「侑は死なない。俺が死ぬまで俺が死なせないから」というのが理由だ。
一目散に助手席の扉をあけた侑。治の姿は北によって元あったように戻されたが、肌が見えている箇所が少し。そして精液独特の匂い。スナによって負わされた怪我の数々。ぐったりとしているようでただただ寝ているだけの、無防備な治がある。侑はとりあえず脈を確認しようと首筋を晒した。しかし、その手は脈を計ることはなかった。首にできた手形。
見るやいなや、北に掴みかかった。
「何しとるんですか」
侑の怒りはいつでも苛烈だ。そしてそれは目に良く出る。初めて出会った時もそうだった。その目が北にとって決定打になったと言っても過言ではない。今でも変わらないらしい。ヤクザとしては半人前ではあるが、最も人間らしい。
「……どうもこうも。治がやって欲しい言うたからな」
「冗談言わんでください。サムが?北さんに?んな訳あらへん」
「ホンマや。治が言うた」
「嘘や」
「嘘ちゃう」
「嘘や!」
「うるさ……」
車が激しく揺れた。声が地下駐車場に木霊する。その衝撃で治ら目を覚ました。
「サッ、サム!サム!」
「なんやうるさい……」
「おまえ、北さん、お前、北さんに!」
「んぅ……?」
「北さんに!首絞めらせたんか!」
「…………おん、言うたで」
あっけらかんと寝ぼけ眼はそう答えた。愕然とした侑は手の力が抜けて北の襟を零した。反動で北は座席に臀を着いた。
今度は治が掴まれた。それもその首を。つけられたアザを覆うように、隠すように、宛てがわれた。
「……」
治に驚いているような様子は特にない。その瞼は重たそうだ。まだ寝惚けているのか。それとも。いやこれ以上は野暮というものだ。そういうことにしておこう。
「お前、お前、おまえ、よりにもよって、おれやのぉて……」
「_____」
キリキリと首を絞められてもなお、治は顔色を変えない。絞められるがままだ。声も出さなければ抵抗もない。その瞼は未だ重たげだ。
「なんで、なんでおれやないねん。俺がおるんに、なんで北さん選ぶねん。アホサム。死ね。俺が。俺が、サムの手ェ引いて、地獄に行くんに。一緒に死のな言うてるやん。いっつも言うとるやん。やのになんで?なんで俺置いてけぼりで、死のうとすんねん。俺裏切るん?嘘つくん?おかしいやろ。おかしいよな?変やない?なぁ?ナァてサム。俺置いて死のうとすなや。ナァ。バカサム。アホサム。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね。許さん。俺、お前のこと、大嫌いや。お前なんかだいきらい。しね。アホ。アホサム。あ、ほ……?」
「_____」
「_____」
北は声だけしか聞いていない。酒がないから煙草を燻らせている。2人の声が切れた。
「______、___」
「_____」
「___」
ゴッと音がした。鈍い音だった為北は流石に目線だけを寄越した。
そこにあったのはいつの日にか見た、折り重なった2つの個体だった。重なり合って、溶け合って、1つになった個体。1つは大きく荒い呼吸をしている。もう1つは背中を大きく不規則に波打たせている。
「……マズ」
赤マルが初めて不味く感じた。