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    seki_shinya2ji

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    赤北赤
    初挑戦
    テーマ:花明かり

    淡い幻覚・ステージライト以前から不思議に思っていることが北にはあった。
    夜の桜のことだ。あたりは真っ暗でもなぜか桜が明るく発光しているように見えるのだ。当たり前だが桜は自己発光しない。なのに光源がなくてもぼんやり明るく見えるのだ。
    「なんで明るいんやろな」
    ちょっと足元が縺れて隣の肩にぶつかる。同じ肩の高さに安心感を覚える。隣の肩からもアルコールと果実の発泡酒のにおいがする。
    「桜?知らん」
    「天下の高校先生様も知らんのか」
    「喧嘩売っとんか」
    ニシシと笑う顔は高校生の頃から変わらない。駅から歩くこの道は、二人のためにある道だ。そう思っているのは酒に酔っているからとも言う。安っぽい発泡酒は駅前のコンビニで購入したものだ。赤木はその発泡酒だが、北はビールを持っている。揃いの酒を買おうと示し合わせるわけがない。赤木は明日も教壇に立つ人間だ。
    普段は赤木も北も実家暮らしだ。しかし赤木が勤めている学校は実家からそこそこに距離がある。そして年度末、特に卒業式から入学式終わって二週間くらいは赤木は恐ろしく忙しくなる。そうすると赤木は学校から帰るのは夜の9時を過ぎる。そうなると実家に帰るのは11時前になり両親に迷惑が掛かる。そこで勤務先がより近くて一人暮らしの北の家に一時的に借りているのだ。
    もちろん、それは大義名分だ。
    便利なもので、さっさと同棲してしまえばいいものを色々準備ができていない上に本当の関係を紹介すらできていないのだから同棲はもう少し先の話である。
    北は今実家に隣接した離れに住んでいる。昔は北の両親が住んでいたものを、今は北が使っている。そこが今は一時的な二人の家になっている。
    今歩いている地点はちょうど家と駅の中間地点ぐらいだ。ここを過ぎれば折り返しである。ふらり、よたり。柔らかい地面を踏んでいるような高揚感は酒とこのあとの時間を想像しているからだ。
    「酔おとるからか」
    「ん~、そうかもな」
    赤木は有名なスポーツ用品ブランドのロゴが入ったエナメルバッグを持っていた。自然と北がいる方には提げられていない。代わりに北が持ったコンビニの袋も、赤木がいる方とは反対の方に持っている。そのため肩と肩が触れ合う距離にあるのだ。ジャージ姿の赤木と、サンダルスウェットの北。赤木はスマホを取り出して何かを検索し始めた。待ち受けには酒に酔って爆睡している北の姿。初めは消せと怒鳴ったがもう見慣れてしまった。
    「先公が歩きスマホか」
    「信介が俺の目ぇやからええねん」
    「なんやそれ」
    癖になっているのはこの、歩きスマホを始めたら腕を絡める癖。田舎のためそこまで車が通るわけではないが、ここに住んでいる人間は車移動がほぼマストになってくる。そのため通る車がゼロというわけではない。
    「お、あった」
    「なんて調べてん」
    「『夜 桜 明るく見える なぜ』」
    「アホっぽ」
    「『花あかり』言うんやと」
    「はなあかり」
    「『桜の花が満開で、夜でもあたりがほの明るく感じられること。』やって」
    「ほーん。つまり俺は感性があるっちゅうことか」
    「アー、オン。ソヤナ」
    適当な返事をしながらも赤木はスマホをしまうと、足を止めた。北の家までもう少し距離はある。近くに座れる場所はない。腕を絡めていた北は必然的にその足を止めざるを得なくなった。
    「ええなぁ。乙やん」
    「賢そうな言葉使うやん」
    「めっちゃ腹立ったんやけど」
    「冗談やん」
    その横顔がなぜか輪郭に沿って明るくなっているのに、北は気づいた。疲れているのは見て分かる。北自身も昔のようには動けない。それでも経験値が体力と実力となってきているため、別の意味で動けるようになった。思わず止めたその足で、一緒にいた時間を感じてしまった。しかし奥にある桜が揺れている。揺れているのも、自己発光していないというのにその様子が良く見えていた。
    コンビニの袋が唐突に邪魔に感じた。北は赤木の手を握りたくなったのに、ビールの缶が片手にあって、コンビニのビニール袋を反対の手に持っている。つまり両手が塞がっているのだ。そこでちょっと酔いが回り始めた北は残っているビールを飲みほして、その缶をビニール袋に入れた。その行動にギョッとした赤木は「へ?」と抜けた声を出していたが、手を繋がれた時、ニマ~と顔を緩めた。
    「なん。俺の顔に見惚れたん急アル」
    「うん。なんや俺の彼氏、ツラ良すぎてびっくりしたから」
    「素直やな。可愛いやつぅ」
    ふにふにと押した頬は温まってきている。
    北の言葉は半分嘘だ。ツラがいいのは間違いない。しかし赤木の奥で揺れる桜が心をざわつかせて不安になったのだ。桜に照らされる姿は、幻のようだった。桜のせいでそう見えるのなら、桜はない方がいいのかもしれないとも思ってしまったのは内緒である。なので今日は酒のせいにして視線を逸らすことにした。
    「……酒、控えよ」
    「お。断酒?」
    「減酒」
    「新しい言葉やん。でもええやん」
    「お前もすんで」
    「まじかい。酒ぐらいは飲ませてくれや」
    はは!と笑った声が夜に溶ける。北は早く家に帰りたくなって、今度は繋いでいたその手を引いて歩き出した。赤木はその手の間にある手汗がなんだか生々しく感じた。北の手のひらの肉の感覚に現実を思い出して地面を踏みしめた。
    明日は雨が降るという。酒を飲んで歩いては帰れないが、彼氏の迎えがあるはずだから、それはそれで楽しみだ。
    明日の雨で桜がどれだけ散ってしまうのだろう。


    #【花明かり】
    桜の花が満開で夜でもぼんやり明るく見えること。
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