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    seki_shinya2ji

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    ゲームしている北組の治侑治

    【治侑】明日も雨が降ればいい 長雨が続いている関西地方。晴れるのは週明けからとか。今日は金曜で、すでにもう二日も弱い雨が降り続いている。北組で花見をした次の日の夜から降り始めた雨。せっかく咲いていた桜も初めは水も滴りそれはそれで美しかったのだが、やがて茶色く変色して地面に広がってしまった。
    「あっ釣れた」
    「なに」
    「アジ」
    「しょぼ」
     そう暗い書き出しからは似合わないほど、北のセーフハウスはまったりしている。雨が降るからとかそういう建前以前から買ってあるゲーム機を囲んで二人は童心に帰っている。北は仕事だ。言いつけられていた通りに過ごしている。治は侑のために飯を作ってやる。侑は生活力が欠如しているため何をするにも治と一緒だが、乾燥機に洗濯物を入れるのはお手のものだ。ボタンを二回押すだけでドヤ顔をして褒められている。治としては面白くなかったりする。侑は治がいないと意外と何もできないのに、北に褒められたいがためにできることを少しずつ増やしている。面白くは、ない。
     それでもゲーム機を囲めば二人の世界。北はゲームをしない。所謂「はしゃぐ二人を見ているのが一番好き」というやつだ。だから早々に侑もゲーム機を持ち出して誘う相手はいつも治だ。
     ゲームの中は快晴だ。桜も咲いていて春の陽気だ。設定の際、北半球と南半球の意味が分からなかった二人。とりあえず北と南なら北さんやろ、と選択肢を選んだところ、今の気候と似たような設定になっていた。それでも未だに北半球と南半球が分かっていない。
    「雨降っとるな」
    「せやな」
    「ちょい寒い」
    「ん」
     そう言われた治は内心嬉々として侑にすり寄ることにした。違う機体を使用しているが見ている画面はほとんど同じだ。侑の島に治が来た。侑が釣りをしているのを無視して地面の星を掘っていた治。黙々と作業をしながらでも求められると嬉しくて勢い余って後ろに回って抱きかかえるようにしてゲームを再開した。しかし侑から抵抗の意志は見られない。治にとって嬉しい限りだ。しかし今日はなんだか冷えるという感覚は体温が高い治でもちょっと感じたので間違いないだろう。
     ゲームでもしとけ、と言ったのは今日出掛けた北だった。今日から泊りがけで東京出張である。イタチに会いに行くとかなんとか。侑と治も行きたいと強請ったが、今回はアランと赤木の「アアアのコンビ」(命名:侑)が同行する、と北から言われて突っぱねられてしまった。それもそのはず、侑は既にイタチのサクサと初対面で喧嘩寸前のところまで行っている。そう簡単には同行させられない。
    「サム、温い」
    「ツムも温い」
    「また花見いきたい」
    「おん」
    「サムのお弁当食いたい」
    「ん~……ぉ、新しい骨見つけた」
    「ないす~」
     二人の温度は特に変わらないが、溶けるような感覚に陥っている。心音もペースは治のほうが少し早いので長いスパンで重なったり離れたりを繰り返している。速度の合わないブランコのようなその音に、治は惰性に身を任せてキャラクターを動かしている。
    「……ぁ」
     不意に漏らしたその思い付きに侑の肩がヒクリと動いた。必然的に侑の肩に載せていた治の顎がカクンと動く。
    「今日、お弁当にしたらええやん」
    「……天才やん」
     治は生きていくのに必要な術をある程度身に着けている。飯を作るのはやってみたら楽しかったからちょっと極めているだけだが、洗濯も掃除も買い物も、人並みより少し劣るができる。その中でも料理に関することは組内でも一番だ。自然とそうなっただけで、誰かのためではない。ただ治の性に合っていたのだ。それがこんなに好きな人の笑みになるなら万々歳だ。
    「雨の日やのに弁当とか、めっちゃええやん」
     そういう侑は急にテンションが数日前に戻る。あの日も治の弁当が食べられると思ってテンションが上がったのを覚えている。侑だけでなく治もそうだが、弁当をほとんど知らなかった。弁当と言われたら施設で出てきたものや夜職バイトの帰りに二人で分け合った幕の内コンビニ弁当くらいだ。治は花見の話が出た時から赤木や理石に教わって弁当のことを調べていたが、侑は弁当より治の飯を外で食えることが嬉しかった。侑も弁当は晴れている時に外で食べるとおいしい、というのを知ったのはこの時だった。
     侑は治の飯がこんなに美味いとは知らなかった。そもそもご飯が美味しいものとは思っていなかった。あくまで栄養補給で邪魔な空腹という概念を払うためのもの。腹が減ると集中力が途切れてしまうからそれを防ぐ。それだけのものだった。しかしだんだんと上達する治の飯を食っていると、飯が楽しみで仕方なくなったのだ。
    「サムの飯は美味いからなぁ」
    「ふぅん」
    「雨やのに食えるん最高やん」
     広い北の部屋のキッチンは比例して大きい。広々としたそこに広げられた野菜や肉たち。侑は食材の名前をぼんやりとしか知らないが、美味しく調理されることだけは分かる。
    「サムは天才や」
    「ふふん、もっと言うてええんやで」
    「俺サムおらな生きていけんわ」
    「……それは元からやろ」
     そう口では言っても治は優越感と高揚感でおかしくなりそうだった。「サムがおらな生きていけん」。それだけで治は嬉しくてたまらない。背筋が痺れるような思いと目の奥の煌めきに歯を食いしばった。嘘でも北が一番好きな侑が前提でも、今の治にはこれだけでよかった。
     ああ今日が雨でよかった。侑に弁当を作る口実ができるなら、毎日雨が降ればいいのに。
     治の幼い願いが叶うのかは、明日にならないと分からない。
     
     
     #【春霖】
     三月~四月にかけて降る長雨。【霖】は三日以上降る長雨のこと。
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