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    seki_shinya2ji

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    seki_shinya2ji

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    いつかに書いた治角名のある日。
    ちょっと悲しい思いをしている2人です。

    【治角名】朧月は見ている 明日は雨。自分はとことん雨男であることを角名は自覚している。移動中に雨で裾が濡れるのはとことん嫌いだ。単純に低気圧は頭痛がする。気温が少し下がるし空調が効いているとますます指が動かない。そんな理由で雨は嫌いだったが、謎に引き寄せていた。
    「せやから、またにしたらええやん」
     治にそう言われても、角名はこの日を昨今稀にみるテンションで心待ちにしていた。
     今日は雨だ。今は束の間の晴れ間だが朧月。そして因みに明日も雨だ。春の長雨くらいなら毎年のことだが、場所が場所だ。大阪の大きなテーマパークに治と二人で行くことを、二か月前から楽しみにしていた。月に二度ある部活の休みの日。その日に必ず遊びに行こう、と言って年パスを更新して、お金も節約していた。
     しかし無情にも一週間前から『天気が優れない』と寮のポンコツテレビの向こうのお天気お姉さんが言っていた。
    「雨なら行かんでええやん。濡れるん怠いし」
     その意見はごもっともだ。しかしその一言で角名の楽しみを別の楽しみに変換できるかというと無理難題の注文だ。
    「なんで。ポンチョ買ったらいいじゃん」
    「そないな金あるか。あれ結構すんねんで」
     なに、お前は金貯めてなかったの。だからあんなにバカスココンビニで買い物してたの。角名は金を節約していたというのに。期待値の温度差に愕然として同時に何かがメラメラと燃えてきた。
    「じゃあビニ傘使いなよ」
    「なんでそこまでして行かなあかんねん」
    「は?」
    「ん?」
     これである。ここは寮の談話室。出入り自由のそこに今は二人しかいない。ほとんどの生徒が課題をしたり自由な時間を過ごしたりと、思い思いに過ごしているはずだ。その時間でなぜ。方や怒りを滲ませた角名。方やきょとん顔の治。
     いつの日か学校で大喧嘩して未だに現国の先生にいじられているアレから二人は何も成長なんてしていなかったのだ。
     
    「なにそれ。俺は明日行くの楽しみにしてたんだけど」
    「そないに明日にこだわらんでも。五月にも休みあるしそこでええやん」
    「馬鹿?」
    「関西人に馬鹿言うな」
    「これから五月の合宿もあるしインターハイだよ? そんな時間無いって知ってるじゃん」
    「そんでも休みはあるやん」
    「絶対休みたくなる面倒臭くなる」
    「ならん」
    「どうだか」
    「は?」
     因みにあの時の喧嘩のレフリー役だった北や、壁盾役の大耳は卒業している。つまり彼らが最高学年であることを周知していただきたい。同時にこの寮にストッパー役がいないことも承知していただきたい。ガソリン役と火消し役候補はいるには、いる。多分。
    「今回全然お金貯めてないモチベの人なんて信用なんない」
    「なんやそれ」
    「俺は金貯めてたよ?」
    「俺かて」
    「ポンチョも買いたくない、ビニ傘も面倒。それってもう雨かも、って言われていた一週間前から俺とのデート諦めてたってことでしょ」
    「そら、雨やったらな」
     遂に小汚いソファに座っていた治が立ち上がった。それにつられて角名も立ち上がる。身長的には角名のほうが治より高い。しかし横幅と厚みは圧倒的に治だ。両者が凄めば、どちらがカツアゲの被害に遭っていると思うかというと角名のほうだ。今しがた風呂から上がった理石ですらそう思った。
    「なにそれ。関西人の癖に雨のユニバの楽しみ方もわかんないの」
    「は? 喧嘩売っとんか」
    「買えるような喧嘩なんてないけど? それに一週間前から諦めてんなら俺に相談してほしかったし」
    「お前なんも言わんかったやん」
    「は? 俺のせいにすんの?」
    「お前のせいというか、お前自分のことなんも分かっとらんのやな」
     目の前の治が明らかに怒っている。角名としてはそんなに怒られる筋合いはないし、どうにも理不尽に怒られている気がする。なんで角名が悪いことになっているのか。確かに相談しなかった節はある。しかし相談がない、ということは予定に変更はない、ということだ。相談、というより提案だ。提案がないならそのまま続行というのは定説なのではないか。それに角名は雨の日でも楽しめる方法を毎日のように検索していた。服装まで調べたし乗れるアトラクションも探していた。
     なのにこの言い分である。なぜここまで言われなくてはいけないのか。
    「……もういい」
    「せやから、お前、は?」
    「もういい。明日の予定は無しなんでしょ。それだけ分かったらいい」
    「おい、え」
    「治なんかに期待したのがいけなかった。もう勝手にすれば良いよ」
     いやいやいや。こんなこと言いたかったわけじゃない。これではまるで角名が思う「面倒臭い女ランキング上位にいる女が言いそうなセリフ選手権」一位ぶっちぎりである。本当は「明日ないならいい。また今度にしよう」と言いたかった。内心は穏やかじゃないし水分量が多い思いだったためか、どうにも本音と言いたかったことがちぐはぐになる。
     どうにも最近疲れがイマイチ抜けなくて、それでも楽しみにしていたのに。何だかもうどうでもよくなってしまった。今日はもう泥のように眠りたい。消灯時間を過ぎても検索しなくていいし、おすすめのグッズも調べなくていい。そう考えるともう眠りを貪るしかないのだ。
    「ちゃうやん、泣かんで」
    「泣いてないし。もういい。疲れた」
    「そんなこと言わんで」
    「言いたくなるよ。治と俺の温度差違ったらもういいよ」
     これじゃあまるで流行りのバンドの解散理由である。有名人の離婚理由も似たようなものだ。角名に離婚するもなにも結婚していないので、ここでは破局になるのか。とにかく治と破局するつもりなんてない。ただ寝たいだけだ。
     しかしどうにもこうにも意思伝達が苦手な二人で、治はそうは捉えていないらしい。
    「いや、や、角名」
    「なに」
     角名はいい加減寝たいのだ。しかし治は破局したくないと必死である。続いて半泣きになっているのは治だ。伝染である。
    「そんなこと言わんで」
    「なに泣いてんの。こっちが泣きたいんだけど」
    「う~ん北さんどう思います?」
     〈___そらもう先に誤解の解消やな〉
     いつでも北はレフリー兼裁判長である。後輩のことを一番に思っている男だ。卒業後すぐに顔を一度出して五月の強化合宿にも来てくれるという献身的でちょっと下心のある先輩は、今はうんざりと怒りを混ぜた顔を角名と治に向けていた。小さな画面越しでも圧というのは伝わるらしい。なんなら声を聴いただけで背筋が伸びた。
     二人の目の間に侑のスマートフォンの画面が向けられる。そこには確かに北が映っていた。
     〈___まず角名。お前、治の言い分最後まで聞かんかったやろ〉
     北は圧で二人の口を閉ざすと勝手に場を仕切り始めた。北は二人が喧嘩しているのは部内のこれからの士気に関わると思って口にしているのだろうが、それが侑を甘やかして自然に電話をするという侑の下心に気付いているのか不明だ。
     しかし言い分とは何か。角名には全く心当たりがない。その沈黙を肯定と取った北は言葉を続けた。
     〈___治、もう一回言うてやれ〉
     すると治はオズオズと口を開いた。
    「……雨降ったら、角名、頭痛い言うから、アカンかなって……それに寒いんも嫌いやし……風邪ひいたらインハイもダメになるから……」
     〈___そういうことや。角名、弁明は〉
    「……特にありませんが、俺が全面的に悪いとは思いません」
     〈___そらそうやな。でも言うことはあるわな〉
     扉の向こうにはハラハラとしている顔の銀と理石が並んでいる。そっくりだ。そして電話を持ってニヤニヤしている侑。そして圧が強すぎる北。
    「……話、聞かなくてごめん。あと、ありがと……」
     〈___はい。じゃあ治。お前も言うことあるよな〉
    「……相談せんで、スマン。絶対穴埋めするから、予定空けてな」
     〈___済んだな。ほんならな〉
    「待って北さん!? もうちょい侑くんとも話しましょ!?」
     そういって侑は早々に談話室から出て行った。遠くで〈明日も田んぼやねん寝かせろ〉「いややいけず~」〈お前が課題しとんのは見たるで〉「へ、課題なんて、えと」という会話が聞こえているが徐々に小さくなっている。
    「談話室、あと二〇分やで」
     そう助言してくれた銀は静かに扉を閉めた。
     
     ズビ、と鼻を啜ったのは角名だ。考えれば考える程、明日行けない事実が重くのしかかってくる。しかし喧嘩前はこれを一人で抱えるところだったのもまた事実。ぽた、と落ちた雫を治は親指でぎこちなく拭ってやった。
     今夜はどうやらちょっとだけ湿っぽくなりそうだ。
     
     
     
     
     
     
     #【朧月】
     朧にかすんだ月のこと。大気中の水蒸気の量が多いため月がかすんでいるように見える。
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