【治角名】合法ミルクティー・リキュール 先週はチョコレート週間だった。
まずイチゴとミルクチョコレートの三角チョコ。「はい」と言われてクエスチョンマークを浮かべているともう一度「はい」と言われた。結局よく分からなかったので「なに」と言うと「口、開け」と言われた。
「なんで」
「食うて」
そう言われたので、大人しく口を開けると三角チョコが放り込まれた。コロコロと角名の口の中でチョコが転がる。飴のように舐めてしまって口の中全体がチョコレート味になった。
その次の日。
「苦い。やる」
カカオ七五%のチョコをもらった。昨日とは打って変わって苦すぎてさすがの角名も顔をしかめた。思わず「ニガ」と呟くと、目の前でニヤニヤと笑われてしまった。口角の上りを抑えきれないその表情に角名はさらに顔を歪めた。
そのまた次の日。前の日のカカオ七五%チョコレートが残っているらしくまたもらった。「嫌なんだけど」という角名の口に押し込められたタブレット状のチョコレート。昨日と変わらない味なのに、治の指が少し唇に触れただけで味がよく分からなくなってしまった。ぱり、と音を立てて割れたチョコレートはどこかで聞いたことのある音だったけど角名は何も思い出せなかった。授業前に食べたせいで眠くもないし口の中がずっと苦くて唇が熱くて、授業なんて一ミリも入ってこなかった。
唐突に始まった治のチョコレートをあげる週間は木曜日と金曜日はなかった。それに「なんの気まぐれだったんだ」とも思った。別に角名は「なんだ今日はないのか」なんて思っていない。
しかし週が明けた月曜日。
「今日はグミ」
「ねえこれなんなの」
流石の角名もそう聞くしかなかった。どうやら気まぐれではなかったらしい。
「まぁええやん。はい王道のレモン」
先週はイチゴ味のチョコを食べたがその日はレモンのグミだった。口の中に放り込まれた瞬間、ジワリと広がる酸味に目を見張った。酸味が苦手というわけではなかったが、唐突に放り込まれると驚いてしまう。見張った目をぎゅっと閉じてその酸味にしばし耐えることにした。
「酸っぱい?」
「……っ、当たり前じゃん。なにこれ」
「酸っぱいグミ」
パッケージをつまんで見せてくれる表情は子供のようだった。黄色いパッケージが目に痛い。写真のレモンも酸味を助長させる。そういって治は自らもその酸っぱいグミをつまんで口に入れた。やっぱり酸っぱいらしく、想像以上の味に肩を震わせた。ため息交じりに苦笑が角名の顔に滲み出た。目に少しだけ涙を浮かべた治お顔は怒られてしまった子犬のようだった。
「すっっぱ……なんこれ」
「酸っぱいグミ、でしょ?」
角名はそう言って笑ってやることにした。
そして次の日。
「今度は辛いのにした」
手にしていたのは赤いパッケージのスナック菓子だった。今週はチョコレートとかグミとかのお菓子のジャンルには縛られないということのようだ。角名は先週の苦いチョコレート以上の嫌な顔を示した。どう考えても嫌だ。
「ほんとにヤダ」
「じゃんけんしよ」
「じゃあ俺ぐー出す」
こうなると角名的に確実に自分が食べない方向に持っていきたい。こういう心理戦で治に負けたことがない。どうせ治のことだ。パーを出すだろうから角名はチョキを出せば確実に勝てる。
「さいしょはグー、じゃんけんぽん!」
グーとチョキだった。
「は?」
「ふっふ~ん。どうせ角名、俺がパー出すって思たやろ。ほれ。食え」
いつの間にか開けられていた真っ赤な袋。驚きのあまり口を開けていたのがいけなかった。まるでクレジットカードを差し込むような要領で赤い粉末がかかったポテトチップスを口に入れられてしまった。喉が死ぬとか舌が馬鹿になるとか鼻が痛いとか、そういう表現がされがちな辛い食べ物。角名は思い切り立ち上がって額に汗を浮かべていた。言葉は出ない。空気に触れるとますます痛くなるって直感で分かったからだ。思わず手に取ったミルクティーの紙パック。青っぽいパッケージに白い付属ストローが刺さっていて躊躇うことなくそれを口に含んだ。
治はその角名を見て、充足感に満たされた。ああそう、これが見たかったんだよ。よかった。見れた見れた。嬉しくてスキップしてしまいそうだ。
「……角名」
「っ、なに!? てか何してくれてん」
「それ……」
俺の。
頬杖ついて余裕ぶっかましてニヤニヤしているそのツラ、言葉。辛さなんて雲のようにどこかに流れてしまった。舌にいつまでも残る甘さと、じっとりと背中に感じる生暖かさ。急激に頬が火照ってきたのは何のせい? 目の前がぐらついたのななんで? 角名は答えに辿りつけるのだろうか。もしかしたらこの酩酊感と羞恥で浮ついてしまった千鳥足で倒れちゃうのが先かもしれないと思った。
#馬酔木の花
ツツジ科の常緑低木。「あしび」とも言う。葉や茎にアセボトキシンという毒を持ち、馬牛がこれを食べると酔ったようになることから「馬酔木」と表記される。